2008年09月09日

無名



沢木耕太郎といえばノンフィクション作家である。さまざまな物事を、事実としてとらえ、忠実に文章にする。その沢木耕太郎が、自らの父の死の過程を描いたのがこの本。

沢木耕太郎の本はいくつか読んだはずなのだが、『深夜特急』くらいしか記憶に残っていない。

あれは夢中になって読んだ。若い頃の著者が日本からロンドンまで大陸横断の旅をした記録である。僕も影響された。僕は結局、北海道までヒッチハイクしただけだったけれど。

さて、この本『無名』なのだが、まったくと言っていいほど装飾がない。山場もない。

ただ、父が入院し、父を見舞い、世話をし、死んでいく経過を淡々とつづっている。まるで日記のように。

著者は、父の青年時代の話をもっと聞きたかった、と書いている。父が若い頃何をしていたのか著者はしらない。しかし父が病気になってしまったせいで聴くチャンスを逃す。

そして父は、父の記憶と共に土に還っていく。

まさに無名の人だった父。だから著者も、大げさな文章にはしたくなかったのだろう。一般庶民が普通に死んでいく風景を描きたかったのだろう。

本の中では死は何か特別なことではない。日常の景色の一部に過ぎない。たとえ肉親の死であっても。

著者は最後に、父が残した俳句を集めて自費出版する。父の存在が人々の記憶から消えてしまうことに対する、最後のあがきなのだろうか。

ちなみに仏教的には、人は死んで50年たつと「先祖」の仲間入りをするそうである。

過去帳に名前は残れども、故人を記憶している人もほとんどいなくなり、文字通り、「無名」の人となる。
posted by にあごのすけ at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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