2008年09月22日

アバウト・シュミット



ジャック・ニコルソン演じる「シュミット」という男がこの映画の主人公である。

66歳で定年退職し、社員みんなから祝福される。

「まだまだいろいろ教わりたいことがあります、いつでも会社にきてくださいよ!」

ところが後日、実際に会社に足を運ぶと「何しに来たの?」という目で見られ、体よく帰される。

家にいるのはがひとり。長年連れ添ってきたと言えば聞こえはいいが、ただの口うるさいオバハンだ。はどこの馬の骨ともわからないバカ男ともうすぐ結婚しようとしている。

シュミットはひまつぶしに、ボランティア団体を通してアフリカの貧しい少年の里親になる。

少年に手紙を書いているうち、シュミットは相手が子どもだということを忘れ、会社や妻や娘に対する不満を文章に綴るようになる。

そんなとき、妻が突然死する。さびしさはない。少なくとも本人は意識していない。でも話し相手がいない。家は荒れ放題。

シュミットはついに家を出てキャンピングカーに乗り、娘の結婚を止めるべく旅に出る。

最後のシーンで、アフリカの少年から返事が来る。その返事に書いてあったものは・・・・・・。

この映画を見て(いや、いつも考えているのだが)、人生とはつくづく得体の知れないものだと思う。否定的な意味で言っているんじゃない、本当に純粋に、人生は不思議だと思うのだ。

「人生の意味」という大きな問題は置いておいて。

僕たちはいったい何を求めているのだろう。

僕なりの答えを一言で言うならば、やっぱり何かとの「つながり」を求めて生きているんだろうと思う。

「モノ」とのつながりである場合もあるだろうが、やはりほとんどの場合、他人とのつながりを求めているんだろう。

尾崎豊の『誕生』という歌の中に、こんなセリフがあった。

「誰も一人にはなりたくないんだ、それが人生だ」

クサいセリフであるが、非常に的を得ていると思う。

難しい哲学や言葉をいくら並べようと、結局僕らはさびしいだけなのかもしれない。

「理解」すらもいらない。単純な「ふれあい」がほしい。

人生の意味なんて、最終的にはそんな単純なところにたどりつくのだろうか。
posted by にあごのすけ at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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