2008年09月25日

放熱への証



高校の頃、尾崎豊がきらいだった。

「盗んだバイクで走り出す」「夜の校舎窓ガラス壊してまわった」。正義漢だった僕はそんな歌詞を断片的に聴いて「なんというふとどきな奴だ!」とひとり憤慨していた。

でも曲をフルで聴いて認識が変わった。

前者の『15の夜』には「自由になれた気がした15の夜」という歌詞が続くし、後者の『卒業』はラストで「仕組まれた自由に誰も気づかずにあがいた日々も終わる」という歌詞が出てくる。

つまり尾崎豊は、そうした反抗がいかに無意味であるか充分に認識していた。そして表面上の反抗のその向こうを見据えていたのである。

彼の作品を、無理やり前期・中期・後期に分けるとするならば、前期は「学校」という場を通して人生を語り、中期では「社会」を通して人生を語っている。

そして後期ではどうなるかというと、むき出しの「人生」そのものに目が向いてくる。

つまり「人生とはなんぞや!?」

禅問答めいてくるのである。

尾崎が新しいアルバムを作っているらしい。そんなうわさが流れてきたまさにその直後、彼の訃報がニュースから流れた。

享年26才。ずっと年上だと思っていたのに、気がつけば彼の年齢をとっくに過ぎてしまった。

死の1ヵ月後に発売された、彼の新しい、そして最後のアルバムを聴いた。

呆然とした。

これはまるで遺書ではないか。

を連想させる歌があまりにも多いのである。

あるいは彼の死は自殺だったんじゃないか。いや、そうでなくとも、自らの死を予感していたんじゃないか。いろいろな想像がわいてくるが、いまとなっては確かめようもない。

そのアルバムの中から1曲引用したい。

闇の告白

作詞作曲:尾崎豊


何ひとつ語れずに うずくまる人々の
命が今日またひとつ 街に奪われた
憎しみの中の愛に 育まれながら
目覚めると やがて人は大人と呼ばれる
微笑みも 戸惑いも意味を失くしてゆく
心の中の言葉など 光さえ奪われる
ただ一人 握りしめた引き金を引く
明日へと 全てを撃ち抜く
ただ一人 答えを撃ち抜く

何ひとつ理由も知らず 悲しむ心への
その哀れみは たやすく消し去られてゆく
暖かなぬくもりに 手を伸ばしてみても
誰一人 心の中知る者などない
ごらんこの涙が滴るのを その意味と訳を
人が一人で 生きられぬための悲しみなのに
疲れの中弾丸をこめ 引きがねを弾く
誰に向け 今日を撃ち抜く
ただ一人 答えを撃ち抜く

血にまみれて 汚れてしまう心
償う術もなく生きる
この世に生をうけた時から 人は誰もが
罪を背負い何時しか やがて銃の引きがねを弾く
いつの日か 自分を撃ち抜く
ただ一人 答えを撃ち抜く
明日へと 全てを撃ち抜く
ただ一人 答えを撃ち抜く


尾崎の死の直後、テレビでコメンテーターのおばちゃんが(彼女の息子が言ったことの引用として)こんなことを言っていたのを思い出す。

「尾崎豊をずっと聴いているような人間はいつまでたっても大人になれない」

これは批判として発言された言葉だが、ある意味的を得ている。

「生きる意味」「人生の答え」、そんな問題を捨て去って、会社のルール、社会のルール、家族のルール、道徳、そんなものたちを盲信することによって人は初めて「大人」として機能しうる。

憎しみの中の愛に 育まれながら
目覚めると やがて人は大人と呼ばれる


親の愛は、見方を変えれば憎しみの裏返しである。

自分がピアノを弾けなかったから子どもをピアノ教室に通わせよう。
学校で苦労しないように塾に通わせよう。
将来食っていけるように良い大学に行かせよう。

自分が世の中に対して感じている恨みつらみを、ひっくりかえして子どもにぶつけているにすぎない。

この世に生をうけた時から 人は誰もが
罪を背負い何時しか やがて銃の引きがねを弾く


こうして人間は生まれた瞬間からゆがめられていく。親の影響、社会の影響、教育、そんなものをたたきこまれているうち、気がつくと人はもはや色眼鏡を通してでしか世の中を見れなくなっていく。

それを尾崎豊は「罪」だと断言する。

なぜか。僕が思うに、なんらかの観念を身につけてしまった人間は、同時に、何が良くて何が悪いかを判断する能力を身につけたことになる。

その身につけた観念がゆがんでいる以上、自分の価値観に適わない他人は「ダメだ」と思いこむ。人は必ず誰かを傷つけざるをえない。そういう宿命を背負っている。

歌詞の中に良く出てくるフレーズ、「答えを撃ち抜く」、これはいったいどういう意味なのか。

文字通り、死ぬしかない、という意味なのか。あるいは「人生の答えを問う」という行為そのものを押し殺して屍のように生きるしかないと言っているのか。僕はいまだに考えている。

尾崎豊の商業的なピークはおそらく10代すでに終わっていただろうと思う。

30代、40代になった尾崎はきっと表舞台からは姿を消し、一部のマニアに受けるだけのB級ミュージシャンになっていたかもしれない。

それでも僕は、自分より年上の尾崎豊を見続けたかった。そして彼がいったいどんな答えを出すのかを見たかった。

それが残念でならない。
posted by にあごのすけ at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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