2009年01月29日

めずらしい人生


KANのベストアルバム。1992年リリースだから、もう17年も前になるのか。僕も年をとるわけだ。

思うにKANは、「愛は勝つ」で売れてしまったのが最大の不運だと思う。当時200万枚も売れてしまったから、当然この曲のイメージがついてしまった。結果として、手放しで「愛は勝つ」なんて言ってしまえるようなノーテンキなやつと思われてしまった。

しかし実際のKANはちがう。

他の曲やテレビラジオ等での発言を聞けばわかるが、この男、相当のヒネクレモノである。かなりのクセモノである。同時にお調子者である。

アルバムの中から一曲紹介。

めずらしい人生

詞・曲 KAN


レレレレドシラシドシラ
この音階に根拠なんかなくて
目的もあやふやで秘密もない

はじめて舞台に立った5才のぼくは
さるかにの猿で
木のぼりの演技で父兄にうける

すばらしい人生 18までのぼくは
何も考えずにだいたいうまくいった

めずらしい人生 今うたをうたってる
あれほど逃げまわっていたピアノを弾きながら

「あのね、うんとね」とうたってたわりに
ぼくは考えすぎてた
この頃から 言葉づかいがかわる

すばらしい人生 ぼくは君と出会った
何を犠牲にしても欲しいと思った
めずらしい人生 ぼくは父を亡くした
愛しい君の誕生日を祝ってた夜に

君のために死ぬつもりはない
君なしでうたう勇気もないうちは
ただのピアノ弾きなのか

こうしてぼくは20代を
悩みすぎて ややこしく生きた
だけど答えなんかはまだでない

すばらしい人生 今うたをうたってる
そして多くの人々が泣き笑う
めずらしい人生 そんな多くの人を
裏切らないとぼくの明日はないのも知っている

すばらしい人生 ぼくは君と出会った
決して徴や結果は求めない
おわりある人生 一番大切なことは
愛する人に愛されてるかどうかということだ




自伝的な歌だが、自分のファンに対して『そんな多くの人を裏切らないとぼくの明日はないのも知っている』と言い捨ててしまうところがすごい。

また彼は、『一番大切なことは愛する人に愛されてるかどうかということだ』と断言する。ラブソングにあるまじき歌詞。だが真実を含んでいる。

結局彼の歌はどうしてもこうなってしまう。どんなラブソングをつくったって、彼の地の性格、ひねくれた部分がにじみ出てしまう。それが彼独特の個性となって聴く側にせまってくる。

彼のつくるメロディも独特である。僕はずっと、洋楽に日本語詞をつけてカバーしているのだと思っていた。それまで日本に存在しないメロディだったのである。ようはビリー・ジョエルスティービー・ワンダーの強い影響を受けている、さらにいえば「パクリ(パロディ?)」なのだが、日本のポップスなんてほとんどすべて洋楽のパクリだからそのへんは突っ込まない。

歌詞のとおり、「多くの人を裏切った」せいか知らないが、KANはやがてヒットチャートから消えていった。でも彼は表舞台にしがみつこうとはしなかったように見えるし、あえて自ら身をひいたようにも見える。

その後の彼と言えば語学留学したり、気が向いたらアルバムを出してみたり、風変わりなライブをしてみたり、かと思えばフランスに移住してみたり、商業主義に振り回されることもなく自由気ままである。悠々自適である。

やりたいことしかやらない、作りたい歌しか作らない。決して自分のペースを崩さない。実際のところどうかわからないが、はたから見ててうらやましく思う。

プロのミュージシャンの中には、KANのコアなファンがけっこう多い。Mr.Childrenの桜井和寿、aikoなど。特に桜井和寿は、昔いっしょにラジオをやっていたせいもあるのか、歌詞・メロディ共にKANの影響がかなり濃い。聴くとわかる。

KANは90年代・00年代の日本ポップスに変革をもたらした影の立役者だと僕は思っている。

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2009年01月27日

バッファロー'66



どのジャンルにも当てはめられない映画である。もろ喜劇なのだが、悲劇ともとれるし、ラブストーリーでもある。視点を変えればミュージカルとも言える。

監督・脚本・音楽・主演と、ヴィンセント・ギャロが4役をこなしている。つまりは彼のやりたい放題な映画なのである。好き勝手やっているから一言でいうとグチャグチャな映画なのであるが、そのくせきれいにまとまっている。ヴィンセント・ギャロの世界観を反映しているという点でひとつにまとまっているのだろう。

ストーリーは、ギャロ演じる「ビリー」が刑務所を出たところから始まる。ビリーはもよおし、トイレを探すがなかなか見つからない。どこへ行っても「清掃中」、駐車場のすみっこで隠れてしようとするも運悪く車が入ってきて中断。

出だしからしてコレである。トイレ探しの旅がえんえん15分くらい続く。ビリーはもろに「ヘタレ」なキャラで、ギャロはそれを見事に演じている。

ビリーは、自分が刑務所にいたことを親には内緒にしている。「政府のために遠くで働いている」と嘘をついている。親に本当のことを打ち明けられないのだ。このあたり、僕も共感する心理である。親が怖いわけではないが、心のどこかで親を畏怖している。ビビッている。

映画のテーマはというと、「親に望まれずに生まれ、トラウマを背負って生きてきた男が、ある女性との出会いによって癒されていく」ということになろうか。

文章に書くと堅苦しいテーマだが、ギャロはそれを見事に、面白く料理している。その手があったか、と言いたくなるくらい。

ビリーは、途中で出会った(拉致した)女・レイラ(クリスティーナ・リッチ)をつれて実家に帰る。

「オレは結婚したことになっているから、妻の役を演じろ」

そして実家に帰ると両親、アメフト狂いの母親と、無神経そうな父親が出迎える。ビリーは戦々恐々、妻を紹介するが、両親は意外と無関心。

親ってのはそんなものである。子どもを愛しているのだろうけれども、どこまで行っても自分の視点からしか子どもを理解しようとしない。

母親はテレビのアメフト中継、ファンであるバッファローの試合に夢中になっている。結局バッファローが負け、母はビリーに怒鳴りつける。

「66年のあのとき産気づいて私は病院に行ったから、バッファローの優勝の瞬間を見逃したのよ! あんたなんか生まれなきゃよかったのに!」

非常にうまい設定。深刻になりがちなテーマをここまで面白くする。

途中、なりゆきでビリーとレイラが同じホテルに泊まるシーンがある。

しかしビリーは何もしない。レイラが同じベッドで寝ようと言っても、ビリーはベッドの端っこで落ちそうになりながら固まっているだけ。

いっしょに風呂に入るが、やはり何もしない。風呂の中で固まっている。レイラは、そんなビリーを興味津々、不思議そうに見つめる。

設定ではビリーは66年生まれ、98年公開映画だから32歳か? 童貞なんだろうか。少なくとも、あまりいい恋愛はしてなさそうだ。女の愛を欲しているが、どことなくビビッてしまうあたり、これも男の僕は共感できる。

この映画、女性の観点で見たらどう感じるのかわからないが、男の視点から見ると非常に痛いところを突かれる映画である。自分にも身におぼえがある、カッコ悪くて目を覆いたくなるようなシーン満載。男のへんなプライドと見栄と、ちょっとしたことでもオオゴトにとらえてしまう弱さと、心の中でこねくり回している変な理屈を、すべてオープンにしてしまった、哀愁漂う映画。

しかしクリスティーナ・リッチのムチムチした身体、たまりません。

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2009年01月25日

パキシル・トレドミン考

パキシルは本当によく効く薬である。

僕の場合、最初は1日10mgから始まった。その後徐々に増量し、一時は1日50mgにまでなった。

パキシルの正式な添付文書によると、うつ病の場合1日MAX40mgまでとある。50mgは飲みすぎではないかと思うが、医者の判断だからそれでよしとしよう。

パキシルは正式名称パロキセチンと言い、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の一種である。むずかしい話は抜きにして、ここにあるFLASHをみてもらうのが一番わかりやすい。

《SSRI作用のしくみ》

ごていねいにも、発売元グラクソ・スミスクライン社が作った動画である。

うつ病は、脳神経間を流れる伝達物質セロトニンの減少が原因であるとされている。セロトニンの流れが悪くなることによってうつ病が起こる(とされている)。

脳神経には、伝達物質の「出口」「入口」の他に「再取り込み口」がある。言ってみれば返品窓口のようなものである。

パキシルが何をするかというと、この再取り込み口に栓をする。結果、いったん放出したセロトニンは返品不可となり、強引に出荷先の神経が受け取らざるをえない状況にしてしまう。こうしてセロトニンの流れをよくするのだ。

・・・・・・というのが、僕がいろんなところで調べて理解した話。

前提として僕の場合について話すが(薬の効き方には個人差があります)、飲んですぐは「効いてる!」という実感はない。

だが1ヶ月2ヶ月、飲み続けているうちに、自分の中で何かが明らかに変わっていることに気づく。

不安を感じなくなる。正確に言うと、不安を不安と感じなくなる。

不安要因が心の中に眠っているのは感じる。だがたとえるならば、パキシルはそれにフタをして、見えないようにしてしまう。あるいは、不安はあるのに、それが自分から遠ざけられて手が届かなくなる。そんな感じである。

非常に強引な力で不安から目をそらさせてしまう。これがパキシルのすごいところでもあり、恐ろしいところでもある。

そしてパキシルは同時に、自分の中から「欲」も消してしまう。

まず性欲がなくなる。これは非常に爽快なことである。なぜなら、健全な男という生き物は、多かれ少なかれ、常に「女」が頭にあるから。かなり極端な言い方だが、頭の中は女のことだらけ、いつもモンモンとしている(僕だけか)? これが無くなるのだから非常に穏やかな気持ちとなる。悟りの境地に近い。

何かにつけて、やる気もなくなる。しかし無気力ともちがう。仕事にしろ何にしろ、普通に参加することはできる。しかし「さあやるぞ!」と意欲的に参加しているわけではない。なんだか機械的に、言われるままにやっている感じ

僕の結論を言うと、パキシルは「非常によく効く」薬ではあるが「できれば飲みたくない」薬である。

思うに、人間にとって「不安(不満)」と「やる気」はセットになっているのではないか。コインのうらおもてのように。

不安を感じるからそれを解決しよう、そこから脱しようとする。不満や欲があるから、それを満たそうとする。

安直な例だが、「女にモテない」→「もっと女の子から注目されたい」→「仕事がバリバリできる男になってやる」→「さあがんばるぞ!」というふうに。

不安というのは、肥大すればうつ病になってしまうが、人間にとってほどほどに必要な感情のひとつなのかもしれない。

パキシルは自分の不安をはるか遠いところまで遠ざけてくれる代わりに、生きる意欲まで奪ってしまうような気がする。

実際、近年になっていろいろ問題が取りざたされている。

ひとつは、小児・青年の場合、パキシルを服用することによって自殺のリスクが返って高まるという報告だ。

《厚生労働省サイト(PDF)》

これは先述の、「不安と同時に欲もなくなる」が関係しているのかもしれない。

もうひとつの問題は、離脱症状(禁断症状)が強くて、非常にやめにくい薬だということ。

《医薬品医療機器総合機構サイト:「塩酸パロキセチン水和物」の項を参照》

僕の経験だが、通院していた病院が突然休診になってしまい(以前の記事を参照)、パキシルを5日ほど切らしたことがある。

変化は翌日から現れた。

まず、手足がしびれてくる。そのうち、しびれは全身に回る。継続的なしびれではなく、何かをした拍子に、電気ショックのような激しいしびれが全身を「ビリビリビリッ」と貫く。頻度はだんだん増していき、10秒に1度とかこの「ビリビリ」に襲われるのでたまったもんじゃない。

そしてなんだか頭が締めつけられるような感覚に襲われる。頭痛ではないが、まるで孫悟空の輪っかを頭にはめられたような気分。そのうち、ジャンボ機に乗ったときのような、奇妙な耳鳴りがしてくる(この2大症状を俗に「シャンビリ」と言う)。

離脱症状は精神面にも現れる。強烈な不安、突然号泣したりとたいへんである。

ついには、しびれと不安が強いあまりに、歩くことすらままならなくなって、タクシーで救急病院まで行ってパキシルをもらうハメになった

その後病院を代わり、医者の判断もあってパキシルをやめることにした

50mgから20mgへはけっこうすんなり減らせた。そこからが大変だった。「牛歩」のようである。10mgにしたらひどい離脱症状が出たので15mgにしてもらい。次は10mgを半分に割ってもらって、ちょっとずつちょっとずつ、最後は半分の5mgを1日おきに飲み・・・・・・というふうにして、3、4ヶ月かけてようやくやめることができた。

パキシルの暗黒面は、アメリカでは社会問題として大きく取り上げられているようだ。グラクソ・スミスクライン社がこうした悪影響を事前に知っていたにも関わらず、薬を売り続けていた、というニュース。


僕はパキシルは完全にやめた。現在はトレドミン(SNRI:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)を飲んでいる。セロトニンのみならず、「やる気」を起こさせるノルアドレナリンの神経流通も促す薬だ。

正直なところ、あまり効いている気がしない。不安はおさまらない。「不安」はあえて限界ギリギリのところでわざと残されているようにも感じる。

しかし何度も言っているが、「不安」と「意欲」とが表裏一体なのだとしたら。これは自分で乗り越えざるを得ないということなのだろうか。

posted by にあごのすけ at 18:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

睡眠薬考(後編)

睡眠薬考・前編のつづき

精神科で初めて向精神薬をもらったときは正直うれしかった。それも、処方される量が多ければ多いほどうれしかった

なぜなら薬の量が、僕のつらさや苦しさを定量化してくれているような気がしたからである。

他の病気なら、外からみてある程度察してくれるが、こころの病はなかなかそうはいかない。僕のこころの中がどうなっているか、誰も察してくれない。「つらい」「苦しい」なんて口に出したところで、単なる意気地のないやつと思われるのがオチである。

しかし向精神薬をもらえば、「僕はやっぱり病気なのだ」とあらためて自覚することができるし、必要とあらば薬の山をジャラジャラと人前にぶちまけて自分の苦しみを主張することもできる。

最近はさすがにそう思うことはなくなったが。悪く言えば一種のステータス

睡眠薬の話に戻ろう。

ある日、通院しているクリニックから電話があった。

「先生が急病なのでしばらく休診します」

いつ再開するかもわからないという。無責任な話である。

僕は緊急に新しい通院先を探さなければならなくなった。しかし行った病院で、開口一番、先生にケチョンケチョンに言われた。

「あなた、これは飲みすぎですよ!」

僕は前の医者に言われるとおりに服用してきただけなので、ガクゼンとした。

「特にこのラボナ! ラボナを出すなんて信じられない! これは現在は麻酔とかにしか使わない薬なんですよ!」

あとで調べてわかったことだが、ラボナはバルビツール系というかなり古い部類の睡眠薬である。古いということはそれだけ問題もあるということで。睡眠を促すと同時に、心臓や他の器官も弱めてしまう。

つまり致死量が低い。ものの本によると、ラボナわずか20錠で自殺したケースもあるらしい。それを僕は毎日2錠飲んでいたわけである。芥川龍之介も同じバルビツール系睡眠薬で自殺したし、太宰治もこれで何度も自殺未遂をした。

(注:念のために書いておくが、ラボナ20錠で自殺、というのは稀なケースのようである。いろいろ調べたところ、実際は数百錠飲んでも死ねないケースが多い。代わりに、ラボナには筋肉を溶かす作用があるので、自殺に失敗して重い障害を背負いながら生きなければならなくなることもある。念のため)。

「とにかく、薬物中毒の方はウチでは診ることはできません!」

こうして僕は剣もホロロに追い出された。理不尽な話である。しかしこれで、僕が薬物中毒状態になっていることをようやく知った。

友達の紹介で、新しく通院できるクリニックをなんとか見つけることができた。診察の結果、病名がうつ病から双極性障害(躁うつ病)に変更になった。

処方された睡眠薬は以下のとおりである。

ユーロジン 2mg×1錠
コントミン 25mg×1錠

ユーロジンは中期型。比較的副作用が少なく、安全性の高い睡眠薬らしい。

コントミンは睡眠薬ではなく、メジャートランキライザーである。統合失調症の治療などにも使われる。なぜコレを出されたのかは不明だが、躁病の症状にも効くらしいから、そのためだろうか。

(ちなみに、これもまねをしないでほしいが、コントミンと酒をいっしょに飲むとたいへんである。朦朧状態、立っているのもたいへんな状態となる)。

しかしこれまで強い薬ばかり飲んでいた僕には、コレは効かなかった。

「先生眠れません」

すると先生、静かな口調で、

「うん、そういうときはね、軽い運動をすれば寝つきがよくなることがありますよ」

拍子抜けである。前の医者とは正反対、あまり薬を出したがらない。でも僕の場合、そのくらい慎重に処方してくれたほうがよいようだ。

しばらくして、眠れない時用の頓服としてコレを処方された。

レンドルミン 0.25mg×1錠

先生いわく、「世界で一番安全な睡眠薬」だそうである。

例年のことであるが、秋から冬にかけてうつ傾向がひどくなった。レンドルミンをやめてコレが追加された。

エバミール 1mg×1錠

短期型。これも比較的安全な睡眠薬だそうである。

現在はこの3種、ユーロジン、コントミン、エバミールで落ち着いている。いまではすっかり朝型人間になった。躁うつ病が改善したかどうかはまた別の話だが。

いまとなっては、ハルシオンにラボナにロヒプノール、あんな強烈な薬は怖くて飲む気にはなれない。

ずっと弱い薬をずっと少ない量で、睡眠が改善されたことは興味深いことである。これはあくまでも僕のケースなので、他の人にあてはまるかどうかはなんとも言えないが。

最近は、本当に子どものときぶりくらいに、朝食をとる習慣がついた。

posted by にあごのすけ at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

睡眠薬考(前編)

僕が睡眠薬(睡眠導入剤)を服用し始めたのは3年ほど前である。

精神科に行ってうつ病と診断され(自分に昔からうつの傾向があるのは自覚していたのでさして驚かなかった)、抗不安薬、抗うつ剤といっしょに睡眠薬を処方された。

別に眠れなかったわけではない。いつもバタンキュウと深い眠りに落ち、寝覚めは悪かった。問題は眠る時間帯にあった。

午前4時くらいまで眠たくならないのである。午後10時台に眠たくなることはあったが、午前12時になると目がさめてしまう。昔、0時〜8時の深夜のコンビニでバイトしていた影響があるのかもれない。しかしウチはもともとそういう家系で、母も祖父も午前4時まで起きているのが常だった。

それはよくない、朝方の生活パターンに切り替えましょう、ということで処方されたのがコレ。

ハルラック 0.25mg×2錠

悪名高い?ハルシオンのジェネリックである。精神科に通うようになって知ったのだが、睡眠薬はその作用速度や期間によって何種類かに分類できる。

超短期型。短期型。中期型。長期型。

ハルラック(ハルシオン)は超短期型である。説明書には、「身の回りのことを済ませてから服用しましょう」とある。つまりそれだけ効き目が速い。5分とたたないうちにめまいがしてくる。眠くなるというよりは、風邪で高熱を出したときの朦朧状態と似ている。

しかし慣れというのは恐ろしい。耐性がついたのか。飲んでも眠れなくなる。超短期型のせいか、2時間もたてば元通り、目がパッチリ。もし眠れたとしても悪夢を見て目がさめることが多くなった。

「悪夢で目がさめるんです」

するとコレが追加された。

ラボナ 50mg×2錠

いちおう中期型に分類されているようだが。後述するが、果たしてラボナを睡眠薬と呼んでいいものか。

これは真似しないでほしいのだが(僕だって意図的にやったわけではないのだが)、ラボナを飲んで30分ほど起きていると、効果がドッと現れて急に気分が楽になる。もう怖いものなしである。朦朧状態であることに変わりはないが。

しかし、ハルラックとラボナを飲んで、悪夢は見なくなったが、やっぱり3時間ほどで目がさめてしまうのである。もしも朝まで眠れたとしても、目がさめたら全裸になっていたとか、奇妙なことがたびたび起こった。

「先生、どうしても長時間眠れません」

すると今度はコレが追加された。

ビビットエース 1mg×2錠

ロヒプノールのジェネリック。中期型。これでようやく、朝まで眠れるようになった。

しかしこの薬、とんでもないシロモノだった。

記憶が飛ぶ。僕自身は、薬を飲んですぐに眠ったと思っている。しかし人に聞くとそんなことはない、この薬を飲んでしばらくして急に晴れやかな表情になり、数時間にわたって流暢にしゃべりまくると言うのである。言われてみればそんな「夢」を見たような気もするが、ほとんどおぼえていない。いわゆる薬物性健忘

周囲に迷惑なことこのうえない。さらにこの朦朧状態が翌朝から昼まで続く。夢と現実の世界を行ったり来たり。くわしい症状は以前の記事を参照。

「先生! いつまでたっても眠気がとれないんです!」

そして今度は逆に、目がさめるというベタナミンなる薬をもらった。2年前にうつ病適用外となったリタリンと似たような薬である。ようするに合法覚せい剤である。

賢い人はこのあたりで気づくべし(僕は気づけなかった)。

単に「朝方の生活パターンに変える」ために薬を飲み始めたのが、薬の副作用を抑えるために別の薬を追加し、さらにそれを抑えるために・・・・・・そして気づけばすっかり薬漬けになっている

素人なのでなんとも言えないが、薬をよく出す医者と、あまり出したがらない医者がいるのはたしかである。そして薬をある程度多く飲まなければならない病状があるのも確かだろう。でも僕はどう考えても飲みすぎだったような気がする。



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2009年01月16日

時間はどこで生まれるのか



僕が「人生は無意味だ」と言うときの論拠はふたつある。

1.この宇宙も地球も人間も、特に意味はなく偶然誕生したにすぎない(過去)。
2.自分はいつかは死に、人類も地球も宇宙もいつかは消えてなくなり、すべてしょせん、最初からなかったのと同じになってしまう(未来)。


このふたつ、過去未来の観点から考えて、人生は無意味だと言っているのである。

しかしこれを考察するにあたっては、「そもそも時間とはなんぞや?」についてもっと深く考えねばなるまい。

これまで時間に関する本をいくつか読んでみたが、特に感銘を受けたものはなかった。

それでも懲りずに手にしたのが、今回取り上げる本である。

著者は物理学者である。そのくせ経歴をみると人文学部教授。読んでみて納得。本書の趣旨は以下のようなものである。

哲学者は日常的感覚から時間について議論するが、最新物理学の発見を取り入れようとしない。逆に物理学者はと言うと、最先端の研究から時間というものを考察しているが、日常の感覚からはほど遠い。

そこで、最新物理学の時間論を、我々がふだん感じている「時間」を理解する手助けとなるレベルまで噛み砕いてみよう、物理と哲学の考える時間論を融合しよう。そういう試みである。

著者は、哲学者マクダカートが分類した時間の3系列を多用する。

A系列:我々が主観的に体感している「いま」という時間
B系列:歴史や、自分の半生など、年表的な時間
C系列:順番は関係なく、単なるさまざまな出来事の寄せ集め


C系列については感覚がつかみにくいが、話を先に進めよう。

まず、最先端の物理学で考えると、「時間は存在しない」ということになってしまうらしい。量子力学の考えでは、モノを細かく細かくしていくと、ある段階からさきは「時間」を測定できなくなってしまう。測定技術がないからではなく、もはや「時間」と呼べるものが消えてなくなってしまう。

じゃあ、僕たちがふだん感じている「時間」っていったいなんなの?

著者の結論を言うと、

時間なんて実は存在しない。あるのは「出来事」だけ(先述のC系列)。

ただ、人間の「意思」がそんな宇宙に「時間」を見出した(作り出した)のだ!!

この結論に僕は大して驚かない。「やっぱりそう来るか」という感じである。量子力学の観点からいくと、どうしても「この世界を見ている『自分』」という存在を重視せざるを得なくなってしまう。

また、著者も匂わせているが、最先端科学の立場から時間を考察しているうち、結局は哲学者や仏教が唱えているのと同じ結論に達してしまった、というところが面白い。

僕にとっては、そんなにすごい感銘を受けたわけではなかったが、よくできた本だと思う。注釈が2重3重になっている。読み物としても軽く読めるし、もっと詳しく知りたい人はこっちへ、さらに突っ込みたい人はこっちへ、と深く読み解いていくこともできる。

また、参考文献の紹介も豊富。「時間とは何か」いろいろ考えてみたい人にとっては恰好の入門書といえるかもしれない。

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2009年01月14日

ジャーハダ──イラク 民衆の闘い

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先日、とある新年会で「イラクの子どもを救う会」主催の西谷文和さんという方とお会いした。僕は酔ったいきおいもあって、失礼ながら、なんか知らんけど有名人だ、と近づいていき、このDVDを買ってサインをいただいた。

DVDの内容は悲惨だった。米軍の攻撃、イスラム同士の内戦、自爆テロ、敵も味方もよくわからなくなった状態で、さまざまな理由で身体も心も傷ついた人たち。劣化ウラン弾による奇形、また、米軍が使用したと推測される神経ガス兵器で体がマヒしてしまった人たち、などなど。

こういう映像を見ていつも意識させられるのは、当たり前なのだが、彼らも僕ら日本人と大して変わらない人々だ、ということである。どこか遠くの国で異人種が戦争しているらしい、てな感じで他人事のように考えてしまいがちだが、映っているのは普通の人間、大阪でそのへんを歩いているおっちゃんやおばちゃん、子どもたちとなんら変わりはない。

しかし、戦争のニュースや映像を見て、いつも考えてしまうことがある。

どうして人間は(僕も含めて)そんなにまでして生きたがるのだ?

自分がなぜ生まれてきたのかわからないし、なんのために生きているのかもわからない。考えれば考えるほどわからなくなる。

そんな「無意味」な人生をいかにして生きていくべきか。それがこのブログのテーマであり、僕の人生のテーマでもある。

決して人生を否定しているわけではない。僕はなんとかして自分の(人間の)生を肯定する理由を見つけようとしている。

僕は死にたいと思ったことが何度もある。それが僕の「躁うつ病」という持病のせいかどうかはわからない。特にひどかったのは大学時代、ひきこもっていたときだ。死にたい衝動と2年間戦い続けた。

それでも死ななかったのは、たぶん僕は本当は生きたかったからなのだろう。

ひきこもっていたとき、僕は真っ暗なひとりの部屋でテレビの動物番組を見ながらいつも泣いていた。必死に生きようとする動物たちに心を突き動かされたからである。動物たちはひょっとしたら、僕が知らない「生きる意味」を知っているんじゃないか? 知っているなら教えてほしい。すがるような思いだった。

本能? 一言で言ってしまえばそうなのだろう。生き物も人間も、とにかく生きたがっている。

そのくせ人間は殺し合う。生きるためのみならず、名声や思想を守るために、あるいは復讐するために。そしてある者は自らの命を絶つ。

では殺すこと(自殺含め)も本能か? 人間の中には、「生きる」と「殺す」という相反する本能が拮抗している?

よくわからない。というか僕の勉強不足。

自殺やうつ病に関していえば、こんな話がある。

前に書いた記事の「パパは楽しい躁うつ病」によると、戦時下の日本ではうつ病がなかったそうだ。

またある学者がこんなことを言っていた。

「世の中が物質的に豊かになっても、人間が幸福にならないのはなぜか?」

その学者いわく、「選択肢が多すぎるから」だそうである。

たとえば目の前にケーキが10種類並んでいるとする。その中からひとつだけを選ばなければならない。

人は悩んだ挙句にひとつだけケーキを選んで食べ始める。しかしケーキをひとつ選んだことによって、残り9個ものケーキを食べ損なったような錯覚に陥る。もしも最初にケーキが2個しかなかったら、そんな錯覚に陥ることなく、おいしくケーキを食べられたはずなのに。

なるほど。ならばうつ病は贅沢病なのだろうか?

ある意味でそうだろう。だが、僕は心の病を煩っている人間を何人も知っているが、彼らは決して甘えてなんかいない。日本という、イラクとはまた違った意味でゆがめられた環境の中で、彼らは必死で戦っている。健常な日本人以上に戦っている。それだけははっきり言っておきたい(僕も躁うつ病なので結果的に自己弁護になってしまうが)。

何はともあれ、西谷さんからサインをいただいたとき、お名前の横にこう書き添えてくれた。

「命どぅ宝」

ぬちどぅたから。命は宝。世界中のいろいろな悲惨な風景を見てきた方だけに、重みがある。

でも本当は、そんな当たり前なことをあえて言葉にして言わなくても済むような世界が、ホントの平和、ホントの幸福な世界なんだろうな。

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2009年01月13日

パパは楽しい躁うつ病



本屋で偶然見かけて、即購入した本。

というのも、僕が双極性障害、つまり躁うつ病と診断されてから、『あの北杜夫もそうだ』という話を何人かから聞かされたからである。

僕の知識で北杜夫と言えば、精神科医にして作家。『どくとるマンボウ航海記』くらいしか読んだことがない。あの北杜夫も躁うつ病なのか。

うつ病に関する本は巷にいやというほどあふれているが、躁の闘病記(?)というのは本当に少ない。だから購入したのだ。

この本、北杜夫とその娘である斎藤由香との対談という形式で書かれている。むしろ、娘の斎藤由香のほうが先導して、父親から躁体験を聞き出している感じ。「あの時はたいへんだったねえ」という風に、親子で昔話をしている、そんな本である。

しかし書かれている内容はすさまじい。うつ状態の時はおとなしいものである。無言、無関心になり、ひたすら眠り続ける。これは僕の場合も同じ。

しかしいったん躁転するととんでもない日々が始まる。

「映画を撮るぞ!」

北杜夫はそう思い立ち、資金をつくるために全財産を株につぎ込む。しかし複数の証券会社で思いつきで株を売買するものだから、もうメチャクチャ、破産寸前までいく。

さらには妻に暴言を吐き、妻を非難するメモ書きを何枚も書いてテーブルにおく。

睡眠時間は短くなり、朝から晩まで株式情報の無線を大音量でかけ、さらには英語を勉強すると言って英会話ラジオも大音量でかけ、一日中大騒音が家中に響き渡る

ついに北杜夫は日本から独立すると言い出し、「マンボウマブゼ共和国」を自宅に建国、大金をつぎ込んで自国の紙幣や煙草をつくり、毎年「功労者」を呼んで表彰式をおこない、知人らに軍人のかっこうをさせて家中を行進する。

また、デパートの満員のエレベーターの中で「愛してる!」「好きでちゅ!」と絶叫する・・・・・・。

僕はここまでひどくはないかな。僕は躁のときはどちらかと知識欲・創造欲にエネルギーが向くので。

「反重力発生装置」や超能力の研究に没頭したり、特許を出願したり、深夜に突然友人宅に押しかけたり、古代遺跡を探しに近所の山に分け入って遭難しかけたことならあるが。

いや、しかし「ひどくない」と思っているのは実は僕だけで、周囲はけっこう大変なのかもしれない。自分ではわからない。

北杜夫の場合もそうで、娘が父の昔の話をしても、当の本人は「そんなことあったかな」と飄々としている。まるで他人事である。

彼の場合ラッキーだったのは、奥さんがあえて深入りしようとしなかった点だ。奥さんは北杜夫を患者扱いし、自分は看護婦に徹したようだ(本書によるとそれでも一度は「オレは自由に生きるから出て行け!」奥さんも娘も追い出され、数年間別居生活を送っているが)。

この接し方は正しいと思う。躁うつ病を経験したことがない人間が躁うつ病患者の気持ちを理解しようとしたって、根本的に無理である。理解しようと無駄な努力をされるのはかえってうっとうしい。ほっておいてほしい。あえて面倒を診るとすれば、躁うつ病患者が自殺しないよう、見張っておくことくらいか。

娘はと言うと、本のタイトルにあるとおり、躁状態になった父が楽しかったらしい。父がうつ状態になるとつまらなくて、「はやく躁にならないかな」と待ち遠しかったと言う。無邪気と言うかなんと言うか。

ともかく僕の体験から言うと、躁うつ病というのは、はた目から見て楽そうでも実は本人は地獄の苦しみを味わっていたり、逆にものすごく大変そうでも実は恍惚とした至福感を味わっていたりと、わかりにくい病気だとは思う。

だからフツーの人からは理解されなくてもいい。ただ自分の居場所を確保してくれるだけで救われるところがある。

しかしやっぱり躁うつ病って、本人が精神科医でも治しにくい病気なんですかね。

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2009年01月12日

田園に死す



寺山修司映画の、言わずと知れた名作。知る人ぞ知る映画なので、サブカルチャー好きな人は当然知っているだろうが、そうでない人も一度見ていただきたい。ぶっとぶこと間違いなし

僕が寺山修司の映画を見出したのはけっこう遅い。彼のエッセイは18歳くらいの頃から読み親しんでいたが、映画を見たのは24歳くらいになってからである。

当時、僕は大学の哲学科の学生だった。その日たまたま知り合った女の子と、話の流れ上、いきなりいっしょに「寺山修司オールナイト」を見にいくことになったのである。

小汚い映画館、午後10時から朝の5時まで、寺山修司映画の5本立て。

映画を見てぶっとんだ。どの映画も、男の倒錯した性欲・エロティシズムが丸出しの映画ばかりなのである。こんな映画に女の子を連れてきてよかったのか。しかし彼女は案外平然としていたが。

映画の話に戻そう。この『田園に死す』という映画、寺山修司のほかの作品と同じテーマを貫いている。つまり、母親と自分との近親相姦的な関係。母親の影響から逃れたくても逃れられないジレンマ。

以前にも書いたが、人間には「心の基礎体温」と呼べるものが存在すると思う。何かの出来事に直面したとき、それを前向きに捕らえるか、後ろ向きにとらえるか。その志向性は、けっこう自分が幼少の頃に決定づけられているような気がする。

それを決定づけているのが、実は「母親」なのである。程度の差こそあれ、母親が子どもの人生観に与える影響は非常に大きい。

僕の母親は、ある意味偉大な女性だった。父親の単身赴任が決まったとき、母は子どもを前にして父に泣きすがり、「私は子どもを捨ててでもあなたについていく」と言い放った。

「私は子どもよりも自分が一番大事。自分を大事にできない人間は他人も大事にできない」、そう言い聞かされて僕は育った。母とケンカしたときは、僕よりも母のほうがむせび泣いた。そして2、3日すぎてすっかり忘れ去った頃に、母が僕に近づいてきて耳元でこうささやいた。

「これで許されたと思ったら大間違いだいからね」

とにかく偉大な母だったと思う(まだ生きているが)。そんな母の影響を僕は多大に受けている(影響が「よい」か「悪い」かは、結局のところ自分の生き方によって決まると思う。影響を与えた側に決定権はない)。

僕の母に対する感情は、「愛憎」と言う言葉が非常によく似合う。愛しながらもひどく憎んでいる。

寺山修司が映画で描く母親像も、僕の場合とよく似ている。

愛憎。母親から逃れたい。しかしどこまで逃げても、母親の影響はどこまでも追いかけてくる。お母さん、いっそ死んでくれ! 死んで僕を自由にしてくれ! そういう映画である。

映画の途中で流れる挿入歌が耳にこびりついて離れない。

「死んでくださいお母さん。死んでくださいお母さん」

これはあるいは僕だけなのかも知れないが、男が恋愛をする大きな理由のひとつは、本来の母親から逃れ、新しい母親と巡りあいたいという願望の現れなのではあるまいか。

「私はあなたのおかあさんじゃないのよ!」

ドラマとかでよく恋人が言い捨てるセリフである。でも結局のところ、男は心のどこかで、恋人に「自分の新しいお母さん」のイメージを求めているような気がする。

こういうことを書くと、たぶん女性は馬鹿にするんだろうなー。でもしょせん、男ってのはそういう馬鹿で甘えた生き物なのだ。

男はつまり「マルコ」なのである。『母お尋ねて三千里』のマルコ。

幼稚な話である。でも男は、そういう理想を追い続けなければいけない、そんな気もする。追い続けるのをやめたとき、男は男でなくなるのかもしれない。

posted by にあごのすけ at 01:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月07日

金字塔



中村一義というミュージシャンはデビュー当時から名前は聞いていて、興味はあったがずっと聴いていなかった。だが最近、ある事実を知って興味が再燃した。買ってみる気になった。

彼はひきこもりだったらしい。高校を卒業して所属事務所が決まるまで2年間、そこからデビューまでさらに2年間のブランクがある。

その期間、大学進学用に貯めていたお金で機材を買って宅録をしていたらしいので、完全なひきこもりとは言えないのかもしれないが。幼い頃より家庭不和、両親と離れて祖父母の家に暮らし、ひとり部屋にこもってひたすら宅録していたようだ。

そしてようやく世に出たデビューアルバムがこの『金字塔』。その中の『犬と猫』がデビューシングル。

犬と猫
作詞作曲:中村一義


どう?
街を背に僕は行く。今じゃワイワイ出来ないんだ。
奴落とす、もう。さぁ行こう! 探そぜ、奴等・・・ねぇ。
もうだって、狭いもんなぁ。

同情で群れ成して、否で通す(ありゃ、マズイよなぁ)。
難解な、その語意に、奴等宿る。・・・んで、どう?

どう?
僕として僕は行く。僕等、問題ないんだろうな。
奴は言う、こう・・・「あぁ、ていのう」。もう、けっこう!
奴等、住む場所へ行く。全て解決させたいんだ。
僕は僕。もう、最高潮! 落とせ、あんなもんは・・・ねぇ。
インチキばっかのさぁ。

単に、皆、損で、あっさり、振り回されたんで・・・。我欲成したんだ。
歴然に、いざ、吐いて死ぬと、どう? 妙な冗談で撒いて・・・。
笑えやしないんだ。大変、もう・・・。ねぇ、どう?
こんなんで、ええんか?

調教で得た知恵で、世を焼く(僕、マズイかなぁ)。
状況が裂いた部屋に、僕は眠る・・・。みんな、どう?

どう?
のんびりと僕は行く。傷みの雨ん中で。
“痛み”なんて どう? 最近どう? あぁ・・・そう・・・。
皆、嫌う、荒野を行く。ブルースに殺されちゃうんだ。
流行りもねぇ、もう・・・。伝統、ノー。
んで、行こう! ほらボス落とせ!
そう・・・。皆、そう。同じようなもんかねぇ。
犬や猫のようにね。


そして批評家らから「10年に一人の天才」「桑田佳祐を継ぐ日本語詞の使い手」と絶賛されたらしい(以上、Wikipediaを参考)。

僕が聴いた感想を述べると、正直なところこの『金字塔』というアルバム、そこまですごいか?という疑問は感じる。

でもこの『犬と猫』は別格である。何度も聴いてしまう。でも「好きだから聴く」というのとはちょっとちがう。なんだか気味悪いのである。何度聴いても「??」という気持ち悪さが残る。だから何度も聴いてしまう。質の悪い麻薬とでも言おうか。

歌詞からして不気味である。意味がわからない。唯一判明しているのは、『状況が裂いた部屋』という言葉が自分の宅録の部屋を指しているということだけ。彼はほとんどひとりきりでこの曲とアルバムをつくった。

だがものすごい気迫は感じる。いや、殺気、狂気とでも言うべきか。歌詞中の『奴等』『僕等』が誰を指すのかはわからないが、なんだかひとり部屋にこもって、架空の仲間と共に妄想上の敵と戦っているようなイメージを受ける。

この歌詞、例えるなら、捕まった猟奇殺人犯が持っていたノートとかに書いてありそうな文章だ。

「容疑者のノートにはこのようなわけのわからない文章が綴られていました」

それでこの歌詞が出てきたら、僕はきっと妙に納得してしまうだろう。

中村一義は、デビューできなかったら自殺しようと心に決めていたらしい。

それだけ怨念が込められた曲ということか。

posted by にあごのすけ at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

アフターダーク


アフターダーク」と聞いてパソコンのスクリーンセーバーを思い浮かべる人は、かなり古参のマックユーザーであること間違いなし

今回紹介する「アフターダーク」はスクリーンセーバーではなくて、村上春樹の小説である。

各章の冒頭にアナログ時計の絵が書いてある。時計の針は深夜12時からはじまり、午前7時前で終わる。つまり、一晩のあいだに起こる出来事を、いわばリアルタイムにたどったのがこの小説である。

登場人物は少ない。ファミレスで本を読む少女、青年、少女の姉、ラブホテルの従業員、会社員、など。これらの人々の夜が微妙にからまりながらストーリーは進んでいく。

しかし驚くことに。この小説にはオチがない。ネタバレも何も、オチがないのだからバラしようがない。

ところどころに、不可思議なシーン、深読みできそうなエピソードがちりばめられているが、それらが最後のクライマックスへとつながっていくかと思いきや、結局大したことも起こらないまま話は終わってしまう。

このことについて、年上の友達に話をしたことがあった。すると意外な答えがかえってきた。

「何言ってんだ、オチもないのに読者に最後まで読ませてしまうところが村上春樹のすごいところなんだよ」

なるほど。たしかに村上春樹は、「ストーリー」ではなくて「表現」で読ませる作家であると言える。

だから彼の小説は、極端な話、最初から読む必要がない。パッと開いた途中のページ、そこから読み始めても、たちまち村上ワールドに惹き込まれてしまう。

目的と手段。小説のストーリー(とオチ)が目的ならば、それをどのように表現するかが手段だ。村上春樹は「手段」にとことんこだわった作家であると言える。

思えば人生も似たようなモンか。

もしも人生が無意味ならば。人生をどう生きるかという「手段」にこだわって、そこに意義を見出すしかない。

ひとつ格言を思いついた。

人生の目的は哲学から学べ。
人生の生き方は文学から学べ。


どんなモンでしょう。

posted by にあごのすけ at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

復活

11月からの長いウツの冬眠から復活。。。

できるか??

例年通りなら冬至を過ぎた頃から徐々に調子が戻ってくるはずだ。

乞うご期待。

posted by にあごのすけ at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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