2009年08月30日

美しい朝(さだまさし)



先週、さだまさしのコンサートに行った。

祖父の死の直後にコンサートに行くなんて、まるで『異邦人』のムルソーのようだと言うなかれ。新アルバム『美しい朝』発売に合わせたコンサートツアーだったのだが、アルバムとコンサートの内容と、祖父の死、これが僕の中で奇妙にもリンクしたのである。

観客はあいかわらず年上ばかり、僕の歳でも最年少クラスに属するのはいつもと同じだったが。

今回のアルバムはちょっと異色である。仏教くさいのである。これまでだって、寺や仏教思想について歌った曲はたくさんある。しかし今回は、なんだがアルバム全体が仏教的なのである。線香のにおいがしてくるのである。

アルバムのライナーノーツとライブのパンフレットにはこうある。

「2008年6月に起きた、東京・秋葉原での無差別殺人事件以来、僕の心は少し凍りついてしまい、生命の重さについて考え続けた一年が過ぎた」

そして、

「殺したいほど憎い奴というのは現れるものなんですよ。でも、本当に殺しちゃダメなんです。死にたいほど苦しいことってあります。でも死んじゃダメなんですよね。そんなに早く殺さなくてもいずれ死ぬから。そんなに早く死ななくてもいずれ死ぬから

そんなメッセージを伝えたくてこのアルバムを作ったという。

さらりと、でもとんでもないことを言う。「いずれ死ぬから」今を生きろと。なんというか、マイナス思考をとことん突き詰めていくうちに、いつのまにか裏返ってプラス思考になった感じ。こういう逆転の発想、動機からして非常に仏教思想的なのである。

さだまさしは暗い歌を歌いながらも、全体としては生きることを肯定してきたアーティストだが、ここまでさらりと本音を語ったことはこれまでなかった。ひとつには還暦に近づき、自分の「死」というものがリアルに感じられるようになったからかもしれない。

決して仏教的な歌ばかりではない、長崎弁ラップ『がんばらんば』の続編や、ソフトバンクのCMで使われた『私は犬になりたい¥490』も収録されている。

でも『私は犬になりたい』の歌だって、よくよく聴けば仏教の輪廻転生の歌のように思えてくる。

僕が感慨深かった曲のひとつがこれ↓。

LIFE

詩・曲 さだまさし
たとえばふらりとお茶でも呼ばれるみたいに
この世に生まれ
四方山話に花を咲かせてまたふらりと
帰って行く
そんな風に生きられたらいい
喜びや悲しみや生きる痛み
切なさも苦しさもそれはそれとして OH MY LIFE
あなたがそばにいる それだけで
他にはなにもいらないと思う

たとえばこの世と別れるその日が来たとき
笑えたら良いね
名残は尽きないけどまたいつか会おうねと
じゃあまたねって
晴れた日も雨の日も嵐の日も
愛も怨みも悩みも時が経てば
懐かしい微笑みの向こうに繋がるもの OH MY LIFE
あなたがそばにいるそれだけで
他にはなにもいらないと思う

たとえばふらりとお茶でも呼ばれるみたいに
この世に生まれ
四方山話に花を咲かせてまたふらりと
じゃあまたね


この肩の力が抜けた感じ、この自由さ。

前の記事に書いたが、祖父の死を目の当たりにして僕が学んだことは、死は恐れるものでもましてや崇高なものでもない、ただただ自然なことだ、ということだった。そんな僕の考えとこの歌の内容とが、奇しくも一致したのである。

なんというか、個人的な感想になるが、現状の僕をそっと背後から支えてくれるような、これはそんなアルバムである。

パンフレットに面白いことが書いてあった。

彼曰く、自分はこれまで「さだまさし的な物」にこだわりすぎていた。

「このまま普通のおじさんのように歳をとっていっていいのか」

これからは自分の枠を壊してどんどんヘンなじいさんを目指すようである。

「『ええ、こんな所まで!!』という所まで行ってみせるからね。そういう意味ではこれからのさだまさしは買いですよ」

さて、いったい何をやらかすのだろう。ホントにとんでもないことをやりそうな気がする。
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2009年08月22日

蓮如文集



僕の夏休みは想定外に長いものとなった。

夏休みの最終日に祖父が死んだ。通夜と葬式をするため、僕はさらに3日間休みをとることになったのである。

僕にはずっと負い目があった。

生きるだの死ぬだの、日ごろから哲学者ぶって語っているけれど、実際のところ僕は「生死」とはいったいなんなのかよくわかってないのじゃないか?

これまで親類や友人など、人の死に少なからず直面してきた。でも通夜や葬式にちょろっと顔を出した程度、死の全貌を見たことがなかった。

その点、祖父については、数年前からボケはじめ、身体が弱っていくようすを目の当たりにしてきた。もう意識があるのかないのかわからない状態で入院しているところへも見舞いに行った。

死の全貌を直視し、そこから何かを学び取ることが、「哲学者」たる僕の役割なんじゃないのか。それが僕にできる最後の「祖父孝行」なんじゃないのか。ひねくれた考えかもしれないが、僕はそう気負って会場に駆けつけた。

湯灌の儀式から通夜、葬儀、火葬まで全部立ち会った。

集まった親族は和気藹々としていた。僕も含めみんな悲しんではいるのだが、なごやかなムードだった。通夜や出棺のときなど、あちこちから鼻をすする音、泣き声は聞こえるが、終わるとケロッとしている。

言ってみりゃ大往生、みんな心の準備もできていたのだろう。通夜や葬儀のあとの食事のときなんかは、みんな酒を飲んで酔っ払い談笑し、まるで正月に親戚が集まったかのようなムードだ。

(一番取り乱していたのは親族ではなく、隣近所の人たちだった。落ち着きはらった親戚をつかまえて「あたしがこんな小さいときからよくしていただいてホンマにもう……」と号泣しながらひたすらしゃべり続ける近所のおばちゃんなど)。

火葬のときはもう悲しみのムードはすっかり消えていた。

実は僕はこれを一番恐れていた。さっきまであった肉体が数時間で骨になってしまうのを目の当たりにし、取り乱してしまうんじゃないかと。

だが全然そんなことはなかった。いとこ兄弟らも同じ感想だったのだろう。台の上に細かくくだけて散らばった骨片を見ながらみんなキョトンとしている。「なにコレ?」てな感じである。

「足のほうから上へと、お骨を順番にひろって骨壷にお納めください」

係員が厳粛に言う。すると親戚一同、箸を持っていっせいに足の骨をひろい出したので、係員、急にあわてて、

「足の骨ばっかりひろわないように!」

ちょっとしたこっけいな場面だった。

さて、ここからが本題である。

骨壷を前に、僧侶が最後のお経をあげる。仏教についてはある程度知っているつもりでいたし、葬式の仏教は、まあ儀式程度の意味しかないと思っていた。

ところが坊さん、読経の途中で、こんな文章を朗読しはじめたのである。

「夫れ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、凡そはかなきものは、この世の始中終、幻の如くなる一期なり。
 されば未だ万歳の人身を受けたりという事を聞かず。一生過ぎ易し。今に至りて、誰か百年の形体を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫・末の露よりも繁しといえり。
 されば、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。既に無常の風来りぬれば、即ち二の眼たちまちに閉じ、一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装を失いぬるときは、六親・眷属集りて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず。
 さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというも中々おろかなり。されば、人間のはかなき事は老少不定のさかいなれば、誰の人も、はやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり」


ギョッとした。ゾゾゾゾ、と、背中に寒いものが走った。

あとで調べるとこれは600年前の僧侶・蓮如上人が残した言葉だった。一般に『白骨の章』と呼ばれている文章らしい。

僕流に意訳するとこうだ。

「人間の生涯なんて、よく見りゃ一瞬で過ぎていく幻のようなもんだ。
一万年生きた人間なんていないし、百年生きられるやつもまずいない。
あっというまだ。今日か明日か、自分だっていつ死ぬかわかったもんじゃない。自分のあとにもさきにも、あるのは無数の「死」だ。
朝には生き生きしているやつも、夕方にはただの白骨になるのだ。
目は閉じ、息は止まり、顔が蒼白になり、親戚一同集まって嘆いたところで、もうどうにもならんのだ。
どうしようもないから火葬にして、そして残るのは白い骨だけだ。
人間はとにかく哀れで愚かな存在にすぎんのだ。子どもも年寄りも関係ない、みんな儚い存在なのだ。
ただ『南無阿弥陀仏』と唱えて祈ることくらいしかできんのだ」


正直言って、葬式で朗読するにはあまりにも酷な言葉である。

仏教とは、これほどまでにニヒルで、厳しい思想なのか。

そしてふと自分を省みる。「人生は無意味だ!」と、このブログその他で僕は声を大にして語り、歌をつくったりもしている。その行為自体はいいとして、でも僕の心のどこかに高慢さがあったのではないか。

人生の儚さ、無意味さなんて、何百年何千年も前から多くの宗教家が言ってきたことだし、今生きている人々の多くもきっと、その人なりにそう感じている。

声を大にするまでもない。人生が無意味だなんてあたりまえのことだ。

僕は自分をちょっと恥じた。

祖父の葬儀を通して僕が何を学んだかというと、実は大したことはあまり学べなかったような気がする。

でもこの「大したことじゃなかった」というのが実は重要なのかもしれない。

祖父は自然に老い、自然に衰え、自然に死に、自然に骨になった。すべてにおいてあまりにも自然だった。

僕はこれまで、生を恐れ死を恐れ、時には死に誘惑される、そのくりかえしの人生だった。

だがそれは、「死」を過大評価しすぎていたからかもしれない。

「死」が何かはいまだにわからない。おそらく最後までわからないだろう。でもそれはとても自然なものなのだ。必要以上に恐れることも持ち上げることもない。

とにかくいま僕は生きている。そして今日も一日生きる。なぜか? だって生きてるんだもの。


サンキュー、じいちゃん。
posted by にあごのすけ at 05:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

蝉 semi(長渕剛)



僕はそれほど長渕ファンではない。それどころかもう10年以上まともに聴いていない。でも高校時代〜20歳過ぎまではよく聴いていた。

ひとつには、その頃僕がフォークギターを弾き始めたというのがある。

まわりの友達がみんなエレキに走るのとは逆に、アコースティックギターを買った僕は、さて何を歌おうと迷った。70年代フォークは好きだが、人前で弾くにはあまりにも旬をすぎていた。その点長渕は、リアルタイムで活躍していて、なおかつアコギで弾き語りできる数少ないアーティストのひとりだったのである。

街にはストリートミュージシャンがあふれていた。みんな長渕を弾いていた。僕もそのひとりとなった。大学時代、金に困ってヤケクソで、弾き語りで得た収入で食費をまかなっていたこともあった。

ところがあるとき、取り巻きのひとりからこう言われたのである。

「歌い方が長渕っぽくない」

僕はガクゼンとした。僕は決してモノマネしているわけではないのだ。自分で弾いて自分で歌う。だから自分流でいいんじゃないのか?

これを機に僕はだんだん長渕から離れていった。

長渕はマスコミから『教祖』と呼ばれるようになり、彼自身の歌もどんどんメッセージ性が強くなった。

93年のアルバム『Captain of the Ship』が決定的だった。長渕剛の個人的メッセージが満ち満ちている。もうこれは僕は歌えないな、と思った。僕は長渕の布教家でも宣伝マンでもない。いや、逆説的だが、長渕の歌に少なからず敬意を表するのであれば、彼の歌ではなく、自分自身の言葉と歌い方で歌うべきだろう。

その半年後に彼は大麻所持で逮捕された。長渕も疲れていたのか。

復帰後に出たアルバム『家族』はなかなかよかったが、これを最後に僕は長渕を聴かなくなった。

そして本当に久しぶりに聴いたのが、この7月に発売された『蝉 semi』である。

蝉 semi

作詞作曲 長渕剛


蝶よ花よで かつぎあげられ
背中にスミを 入れようと
己の弱さを呪った 一人の夜

腐って腐って 腐り果て
ラーメン横丁の たて看板
ごろまきひっかく チンピラの
哀れ いきがる 悲しさよ 
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・


刺してみせましょ 己の腹を
刺されてみましょか ボロ雑巾
ため息まじりの ラッパの兵隊
 
幾人束ねて カチ込んでも
命からがら 負けちまい
正気のさたじゃ ねぇなどと
狂った馬鹿が カタギを気取る
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・


はったりばかりを かますから
裏と表を すかしましょ 
酒におぼれて毒づいた 一人の夜
 
臭ぇ 人情芝居が
俺にゃ ゆがんで見える
サイコロ転がし 「チョウ」か「ハン」かで
昇ってみましょか この世の果てまで
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・

群れをなさない 都会の蝉よ
お前そんなに 悲しいか 
切ったはったではじかれ 死んだふり
 
心揺さぶり ときめかし
肝に命じて はいあがりゃ
裏切り血の雨 ふっかけやがる
カタギのくせして 極道の真似事
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・

蝉が泣く・・・ チキショウと・・・
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・
蝉が泣く・・・ チキショウと・・・


けっこう聴いている。いまの僕の気分に合っているのか。PVもなかなかよい↓。
http://www.youtube.com/watch?v=9tdEnbEdgIA

長渕らしい歌だ。僕が言うのもなんだが、昔に比べて言葉が格段によくなった。『詞』が『詩』になった。

「チンピラの哀れいきがる悲しさよ」「狂った馬鹿がカタギを気取る」「カタギのくせして極道の真似事」。

正反対の人間様ばかり描いている。人は自然体では生きられず、いきがったり正義ぶったり悪ぶったりせざるをえない。偽善と偽悪。それに対して蝉が「チクショウ」と泣く。

なぜ蝉か? まあ夏だからってのもあるだろうが。

「蝉」の語源を調べてみると、「単」にはもともと「震える」という意味があるらしい(「戦慄」など)。「震える虫」ってことで「蝉」。

だが僕はこの漢字から別の印象を受ける。

「単」である「虫」。単独である虫。転じて、元来ひとりぼっちで孤独な人間という生き物を「蝉」にたとえたのではあるまいか。

人間は孤独な生き物である。そのくせ社会から離れて生きられない。

「自分さがし」なんて言葉はもう聞き飽きたが、自然体で生きることなんてできない。気の合う仲間でつるんでみてもいつか不和が起こる。結果として、人に合わせたり、いい子ぶったり、いきがったりせざるをえない。

自然体で生きたいくせに、孤独で、社会なしでは生きられない。ここに生きることの不条理がある。

(ちなみに、人間が社会的生物であることと、人間が言葉で考え言葉を使う生物であるということはかなり密接に関連している。でもややこしい話はまたの機会に)。

長渕はこの不条理に対して答えを出していない。ただ「蝉が泣く。チクショウと」。

でもそれでいいと思う。これは人間として生まれてきた宿命だから。答えなど、ない。
ラベル:長渕剛 不条理
posted by にあごのすけ at 04:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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