寺山修司
しかし寺山修司の言うことは本気にしてはいけない。あさっての方向、まったく見当違いの観点から物事を「真剣に」論じようとする。
20歳をすぎてようやく寺山修司の映画を見る機会があった。オールナイト5本立て×2日間という非常に濃いスケジュールだったが、それを見て納得した。
彼はやはり演劇家なのである。ある「装置」を作り出し、その装置を通して世の中を見ればどう見えるか。それを動かして世界をかき回したらどうなるか。彼は文章においてもそれをやっている。
おそらく彼には主張したいことがないのだろう。いや、正確には、言葉で主張したいことがない。寺山修司の作品群には、母親から逃げたくても逃げられないマザコン思想、東北人の劣等感など、共通のテーマは存在する。しかしそれで何かを主張したいわけではない。
そんなトラウマですらも「舞台装置」として世界をグチャグチャにする道具として使用してしまう。彼が伝えたいのは「主張」ではなく「言葉にしがたい何らかのムード」だ。文章を書いてもそれをやってしまうあたり、彼は文筆家ではなくて芸術家なのだろう。
今回紹介する『青少年のための自殺学入門』、僕は17歳の頃に読んだ。それも自殺したいと思っているときに読んだ。
そして僕の自殺感をすっかり台無しにされた。実際に自殺する人間はともかく、「自殺したい」と考えている人間(特に若い人)は、自殺に対してある種ロマンチック・センチメンタルな幻想を抱いている・・・・・・と言えば言いすぎだろうが、そのときの僕は少なからずそうだった。
しかし寺山修司は例によって突飛な視点から自殺を論じ、自殺を非常にこっけいなものとして表現した。
僕の自殺への幻想はぶちこわされ、すっかりわけがわからなくなった末に、自殺への熱が冷めてしまったほどである。
しかし僕がいまだ死なずに生きているということは、ある意味僕はこの本によって救われた?ということか。
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