2008年08月10日

多宇宙と輪廻転生―人間原理のパラドクス



タイトルからしていかにも怪しげなオカルト本のようだが、れっきとした哲学書である。

ここ数年、僕の心にとりついて離れない、奇妙な予感があった。

「ひょっとしたら僕は死なないんじゃないか??」

酔狂と思うなかれ。「世界」と「僕」とは必ずセットになっている。「世界」はどこまでいっても「僕」が見ている世界に過ぎない。

じゃあ「僕」が死んだらどうなるのだろう。世界は消えるのだろうか。

いや、逆のことも考えられる。

世界が存在するためには「僕」が存在しなければならない。ならば「僕」は永遠に存在し続けるのではなかろうか・・・・・・。

論法は若干ちがうが、これと同じようなことを説いているのがこの本だ。

話はまず、「宇宙のファインチューニング」というところから始まる。

この宇宙はあまりにもよくできすぎている。何かがちょっとでも違ったら人間は(そして僕も)誕生しなかった。まるで神様が意図的につくったみたいだ。

そこで著者は考える。「ひょっとしたら宇宙は無数に存在しているんじゃないか?」。この宇宙しか存在しないならまさに奇跡としか言いようがないが、宇宙が無数に存在していて、そのうちのひとつがたまたま人間が住める環境にあったと考えれば筋が通る。

こんな論法で話はどんどん進み、最後はついに「『僕』は永遠に存在し続ける」という結論に至る。

なぜそんな結論に至ったのかは、読んでもらうしかない。なぜなら僕もまだ完全に理解しきれていないからだ。

簡単な言葉で書かれていて読みやすいが、論法が非常に複雑なのでなかなか頭に入ってこない。しかし僕の心をとらえて離さない本である。

この本で唱えられている説は彼の完全オリジナルではない。しかし哲学界で以前から議論されてきた問題をもとに、オリジナルな結論を導き出している。非常にスリリングな本である。

物理学者は数式だけを使って宇宙の始まりを論じたりできる。

それと同じように、実は言葉で考えるだけで宇宙とは、自我とは何かの核心にせまることもできるのだ。
posted by にあごのすけ at 05:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。私は韓国人で、韓国に住んでいます。
韓国で三浦俊彦(miura doshihiko)さんの[論理の力]という本を読みました。
検索した中、 [多宇宙と輪廻転生] という本を書いたことを
知ったのですが、ハングル翻訳版がありません。
私は日本語初心者レベルなので、論理の本を読むレベルではありません。

しかし、タイトルと目次で多くの好奇心が生まれました。
私、昔から恐れていた内容であるため、タイトルを見て、かなり驚きました。
私は障害者です。

目次に
3 繰り返す 「私」
4 重なり続ける 「私」

がありました。

私は、次の生にも障害者に生まれ、その次の生にも障害者に生まれ
障害者の生活を無限に繰り返すのでしょうか?

どのような式の生まれ変わりであることを知りたいです。

繰り返す 「私」, 重なり続ける 「私」というものがどのような意味なのか本当に気にしています。どのような方式の生まれ変わりであることを本当に気にしています。
Posted by dosi at 2012年11月09日 20:46
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