2008年09月01日

翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない



この本を最初に読んだとき、僕の頭の中は「?」でいっぱいだった。

「翔太」という名の中学生、買っていた「インサイト」という名の猫がしゃべり出した。そして一人対一匹の問答がえんえんと始まるのだが・・・・・・。

一見、童話のように書かれている。そして一見、子ども向きである。哲学用語もまったく出てこず、一見読みやすい。

ところが、そこでくりひろげられる問答たるや、最先端哲学のエッセンスを含んでいるのである。

たとえばこんなテーマが出てくる。

「いまいるこの世界が夢じゃないってどうしてわかるの?」

非常に子どもっぽい疑問である(実際、哲学的問題は、人間が成長するにつれて忘れてしまったような子どもっぽい疑問が多い)。

これに対して、猫のインサイトが物知り顔で語りだす。

「それはね、」

ところがこの答えがものすごく難解なのである。翔太は「うーん、でも」と首をひねるばかり。インサイトは翔太のことなんかほっといて、哲学的解答を語り続ける。

僕が読んで「?」と思ったのは、どのような読者層をターゲットにしたのかさっぱり理解できない点。

一見子ども向け、でも子どもが読んで理解できるようなものではない。

かと言って、大人が手に取るような装丁にもなってない。

考えられるとするならば、おそらく子どもの心を持ったまま大人になってしまった(それはある意味悲劇である)人間を対象としているんだろうな。

著者の永井均は、50年前に死んだ哲学者ウィトゲンシュタインの研究でそれなりに有名な人物である。だから本書にもウィトゲンシュタインの思想の断片があちこちにちりばめられている。

哲学とは、理屈で考えることである。理屈で「どういうこと?」と考え始めた時点で、その人はれっきとした哲学者であると言える

だからこの本を読んで「なんで?」と疑問に感じた瞬間から、あなたは立派な哲学者である。そういう意味では良い本。

前にも言ったが、ちまたにあふれる「哲学入門」を読んでわかった気になるよりもずっといい。
posted by にあごのすけ at 20:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。