2008年09月14日

shade〜saw the light and shade〜



ヴィジュアル系? ロック? メタル? ジャンルはよくわからないが、元『黒夢』の清春が出したカバーアルバム。

なぜこれを聴いたかというと、さだまさしの『防人の詩』がカバーされていたからである。

もっとも、別に僕は特にフォーク好きというわけではないのである(フォークの話ばかり書くのでおっさんかと思われてるかもしれんが、僕はフォーク世代よりずっと若い)。

曲は、歌詞、メロディ、アレンジなどに分解できると思うが、僕はなぜかまっさきに歌詞に注目してしまうのである。だから歌詞にピンとくるものであればどんなジャンルの音楽でも聴く。

清春が『防人の詩』をカバーしたと聞いても、実はあまり期待していなかった。

当然ながら、カバーよりもやっぱり原曲のほうが良い場合が多い。また、これは特に古い歌に多いが、カバーするとなんだか現代風にいろんなわけのわからない凝ったアレンジが施されて、原曲の素朴さはふっとび、台無しになってしまうことが多いのである。

だが清春の『防人の詩』はちがった。

【youtubeの動画↓】
http://jp.youtube.com/watch?v=IbIZRPtoAW0

まず、アレンジがシンプルでよい。なおかつ、原曲にはないドロリとした病的なムードが加わっていて、いい味を出している。

清春とさだまさしは歌い方は異なるが、なんというか、切迫してキレそうな高音で歌うあたり、相通ずるものを感じる。心にグサグサと突き刺さってくるのである。

さて、この『防人の詩』だが、さだまさしが元にした短歌がある。

鯨魚取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ

wikipeddeiaによれば訳するとこういう意味になる。

「海は死にますか 山は死にますか。死にます。死ぬからこそ潮は引き、山は枯れるのです」

万葉集の中の歌である。いまから1200年以上も前である。そのことに僕は驚く。

自分もいつかは死に、地球も宇宙もいつかすべて消えてしまうなら、生きることは無意味ではないのか?

これは僕がこのブログの中で何度も書いてきたことだ。でも1200年前にすでに似たようなことを考えていた人がいたのか。

少し孤独感が癒される気がする一方、この問題は人間にとっての普遍的な宿命であり、永遠に逃れることのできない苦しみなのかもしれないと思うと、途方もない気分になる。
posted by にあごのすけ at 04:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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