2008年09月21日

カノン



これは『カルネ』という映画の続編なのだが、映像のキレと言い、救いようのなさといい、僕はこっちのほうが好きである。これ単独でも充分作品として鑑賞できるようにつくられている。

主人公は馬肉屋のおっさんである。無口で愛想笑いひとつできない、不器用なおっさん。

前作では、彼は馬肉屋を営みながら一人娘(この娘も無口である)と暮らしている。妻はとうの昔に家を出たきり行方もしれない。そして主人公は、毎日娘を風呂に入れているうち、屈折した愛情に目覚める・・・・・・。

最後は、娘が乱暴されたと思いこんだ主人公が怒り狂って家を飛び出し、まったく関係ない男を刺し、刑務所入りになってしまって終わり。

ここまでが前作『カルネ』。

『カノン』では、刑務所を出た主人公はある女&その母親と暮らしている。飲み屋で知り合った、やたらとむかつく感じの女。ゆきずりでこうなってしまったのだが、いそうろう状態。非常に肩身が狭い。娘は施設に預けられていて、会うこともできない。

女は妊娠する。しかし主人公は特にうれしくもなく、うっとうしいと思うだけ。女に馬肉屋を開いてもらう約束も立ち消えになり、働けとうるさくと言われてバイトをするもなじめず、だんだんうっぷんがたまってくる。

そしてついにはキレて、女とその母親をボコボコに殴りたおし、一人で家を飛び出す。

金もない。家もない。50過ぎなので未来もない。

ただ、主人公のこの男、ひたすら悪態をつき続ける。声には出さない、ただ心の中でブツブツ言い続けるのである。

彼にとってもはやすべてが憎い。社会が憎い、女が憎い、仕事の上司が憎い、隣に座っているやつが憎い、もはや人間というこの欺瞞だらけの存在自体が憎い。

ストリーの8割が彼の悪態、独り言で占められている。もはや何もできない彼にとっては、悪口を心の中で言うことしかできないのだ。

そういえば実際に街中でときどきこういうおっさんを見かける。酔ってるんだか精神的に病んでるんだか、大声で文句を吐き散らしているおっさん。

主人公のように、声には出さずに心の中で悪態をつき続けているおっさんならもっとたくさんいそうだ(自分もその一人にならないよう祈りたい)。

主人公はピストルを手に入れる。うらんでいる連中をひとりずつ殺してやろうと空想する。何度も何度も空想する。

男は施設から娘を連れ出す。自分が泊まっている安ホテルに連れて行く。

いまこそ自分の禁断の欲望を実行に移そう。つまり娘とセックスをしよう。そして娘を殺して自分も死のう・・・・・・。

とにかく、空想と独り言がどこまでも続く映画である。

それでも退屈しないのは、主人公の男の悪態が非常に的を得ていて説得力のあるものであり、同時にズバンズバンと切れのいい効果音とカメラワークのおかげだと思う。

ときどきふと思う。僕は調子の悪いときなんかは、人生はむなしいむなしいと心の中で独り言をつぶやき続けている。でも、それなりに仕事をしてそれなりに食っていけてるからこそ、そんなことを言っていられるんであって。哲学とは贅沢病なんじゃないかと。

宝くじで3億円当たったりなんかしたら、「人生はむなしい」なんて僕のつぶやきはふっとんでしまうんじゃないか。

逆に自分がホームレスになったとき、夜の公園の片隅、ダンボールの中にうずくまりながら、僕はいったいどんな「哲学」をつぶやくのだろうか。
posted by にあごのすけ at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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