2008年09月29日

Blue Selection



井上陽水のセルフカバーアルバム。自分の曲をジャズアレンジしたもの。

音楽のジャンルとして『メッセージソング』というものがあるが、それは純粋な意味では芸術ではないと思う。

別にすべての音楽が芸術的である必要はない。だが「言葉にできない何か」を表現するのが芸術なのかもしれない。

井上揚水はその点、芸術家だ。「つまりこういう歌なんだよ」と言葉で要約できてしまう歌は芸術ではない。芸術的な歌は「説明できん! とにかく聞いてもらうしかない」。彼の歌は芸術的である。

昔の友人が詩を書いていて、よくこんなことを言っていた。

「人生に意味はないかもしれない。しかし詩は意味を創造するのだ」

何わけのわからんことを言っているのだ。昔はそう思ったが、いまはなんとなく理解できる。

芸術は、哲学とか理屈とはまったくちがうシステムで動いている。

「生きるべきか死ぬべきか!」

そんな僕のガチガチな問いかけに対して、芸術はYESでもNOでもなく、まったく別の方向へと僕をいざなってくれる。

と言いつつ、今回紹介するアルバムは、まだメッセージ性のある曲が多いほうだ。恒例で1曲ご紹介。

ワカンナイ

作詞・作曲 井上陽水


雨にも風にも負けないでね
暑さや寒さに勝ちつづけて
一日、すこしのパンとミルクだけで
カヤブキ屋根まで届く
電波を受けながら暮らせるかい?

南に貧しい子供が居る
東に病気の大人が泣く
今すぐそこまで行って夢を与え
未来の事ならなにも
心配するなと言えそうかい?

君の言葉は誰にもワカンナイ
君の静かな願いもワカンナイ
望むかたちが決まればつまんない
君の時代が今ではワカンナイ

日照りの都会を哀れんでも
流れる涙でうるおしても
誰にもほめられもせず、苦にもされず
まわりの人からいつも
デクノボウと呼ばれても笑えるかい?

君の言葉は誰にもワカンナイ
慎み深い願いもワカンナイ
明日の答えがわかればつまんない
君の時代のことまでワカンナイ

君の言葉は誰にもワカンナイ
君の静かな願いもワカンナイ
望むかたちが決まればつまんない
君の時代が今ではワカンナイ


ごらんのとおり、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」のパロディである。昔、哲学者の竹田青嗣がこの曲を絶賛していた。

それはおいておいて、たとえばこの曲の次の歌詞、

「カヤブキ屋根まで届く電波を受けながら暮らせるかい?」

こういうところに僕は井上陽水の芸術性を感じるのである。

一見何を言っているのかわからない言葉。支離滅裂。でも雰囲気は非常に伝わってくる。井上陽水のにおいがプンプンする。こういうのを僕は芸術性と言っているのである。

別の歌で『Tokyo』という歌があり、こんな歌詞ではじまる。

「銀座へ はとバスが走る」

この曲を作った理由として、井上陽水はテレビでこう言っていた。

自分の声と口は「ギ」の音が響く、だから「ギ」で始まる歌を作りたかったのだ、と。

メッセージも思想も哲学もそっちのけ、まずは「音」ありき。

まさに芸術的、井上陽水的だなあと思うのである。
posted by にあごのすけ at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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