2008年10月14日

私は「うつ依存症」の女



主演クリスティーナ・リッチのなんと華奢なことよ。個人的には『バッファロー'66』の頃のムチムチした体型が好きなのだが。

しかしこの邦題にはどうしても納得できない。まるで、うつ状態に依存する病気があるみたいではないか(最近は「擬態うつ病」なんてのもあるが、あれもれっきとした精神疾患のひとつである)。

うつ病に対する誤解を世間に広める恐れもある。悪訳はなはだしい

原題は「プロザック・ネイション」である。プロザックと言えば、アメリカでもっとも多く飲まれている抗うつ剤だ。日本では未認可。

だから直訳すれば「プロザック国家」、ちょっと意訳して「抗うつ剤大国」となる。

この映画では、アメリカであまりにも多くの人がプロザックに依存している現状も描かれている。たぶん「抗うつ剤依存症」と言いたいところを、長すぎるので「うつ依存症」に短縮したのだろう。しかしとにかくいいかげんな訳だ。

実話(自伝)に基づく映画。

クリスティーナ・リッチ演じる「リジー」が、名門ハーバード大学に入学し、ミュージシャンの批評記事で賞も取る。

だが彼女はだんだん書けなくなっていく。生活は荒れ、自分を追い込み、彼氏ともうまくいかず、幼少の頃の両親の離婚の経験もあいまって、負のスパイラルをどんどん転げ落ちていく。

いわゆる僕の知っている「うつ病」とはだいぶんちがう。正確には「非定型うつ病」らしいが、僕にはボーダーラインのようにも見える。

病名はさておき、彼女が陥っていく、思考の悪循環というのは多かれ少なかれ誰もが経験したことだと思う。

たぶん世界は、何も描かれていない真っ白なキャンパスみたいなものだ。

人はそこに勝手に幸福を見ることもあるし、悪い部分ばかりを見つけて不幸になることもある。

「ものは考えよう」

よく言われる言葉だし、たしかにそうだとは思う。しかし悪循環に陥って自分の意志ではどうしようもなくなってしまうことも、事実としてある。

僕はいつも不思議に思う。

どうして悪循環に陥ってしまうのだろう?

人間の脳に、あるいは論理構造自体になんらかのバグでもあるんだろうか。心というコンピュータがフリーズしてしまうまで続く無限ループ。

結局彼女は、抗うつ剤プロザックを服用することであっけなく治癒する。性格は安定し、また前のように文章が書けるようになる。本当にあっけないエンディング。

彼女は精神科医に問いかける。

「気分はよくなったけれど・・・・・・なんだか自分が自分じゃなくなったような気がするんです」
「それでいいのよ、あなたが治りかけている証拠よ」


僕自身、似た経験はある。

同じ抗うつ剤であるパキシルを1日50mgも飲んでいたとき。気分はよくなった。でも、足もとに「うつ」の波がドロドロと流れているのは感じるのである。でもそれを見ることができなくなった。まるで浮き輪を体中に縛りつけられて、うつの渦に潜ろうとしても潜れない、強制的に浮かばされているような感じだった。

この映画が何を主張したいのかはよくわからない。

抗うつ剤の効果を支持しているようにもとれるし、逆に疑問を投げかけているようにもとれる。

そりゃ僕だって「うつ」はなるだけ経験したくはない。

しかし思考の悪循環の末にかいま見える「この世の地獄」だって、ひとつの真実だとも思う。

posted by にあごのすけ at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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