2009年01月16日

時間はどこで生まれるのか



僕が「人生は無意味だ」と言うときの論拠はふたつある。

1.この宇宙も地球も人間も、特に意味はなく偶然誕生したにすぎない(過去)。
2.自分はいつかは死に、人類も地球も宇宙もいつかは消えてなくなり、すべてしょせん、最初からなかったのと同じになってしまう(未来)。


このふたつ、過去未来の観点から考えて、人生は無意味だと言っているのである。

しかしこれを考察するにあたっては、「そもそも時間とはなんぞや?」についてもっと深く考えねばなるまい。

これまで時間に関する本をいくつか読んでみたが、特に感銘を受けたものはなかった。

それでも懲りずに手にしたのが、今回取り上げる本である。

著者は物理学者である。そのくせ経歴をみると人文学部教授。読んでみて納得。本書の趣旨は以下のようなものである。

哲学者は日常的感覚から時間について議論するが、最新物理学の発見を取り入れようとしない。逆に物理学者はと言うと、最先端の研究から時間というものを考察しているが、日常の感覚からはほど遠い。

そこで、最新物理学の時間論を、我々がふだん感じている「時間」を理解する手助けとなるレベルまで噛み砕いてみよう、物理と哲学の考える時間論を融合しよう。そういう試みである。

著者は、哲学者マクダカートが分類した時間の3系列を多用する。

A系列:我々が主観的に体感している「いま」という時間
B系列:歴史や、自分の半生など、年表的な時間
C系列:順番は関係なく、単なるさまざまな出来事の寄せ集め


C系列については感覚がつかみにくいが、話を先に進めよう。

まず、最先端の物理学で考えると、「時間は存在しない」ということになってしまうらしい。量子力学の考えでは、モノを細かく細かくしていくと、ある段階からさきは「時間」を測定できなくなってしまう。測定技術がないからではなく、もはや「時間」と呼べるものが消えてなくなってしまう。

じゃあ、僕たちがふだん感じている「時間」っていったいなんなの?

著者の結論を言うと、

時間なんて実は存在しない。あるのは「出来事」だけ(先述のC系列)。

ただ、人間の「意思」がそんな宇宙に「時間」を見出した(作り出した)のだ!!

この結論に僕は大して驚かない。「やっぱりそう来るか」という感じである。量子力学の観点からいくと、どうしても「この世界を見ている『自分』」という存在を重視せざるを得なくなってしまう。

また、著者も匂わせているが、最先端科学の立場から時間を考察しているうち、結局は哲学者や仏教が唱えているのと同じ結論に達してしまった、というところが面白い。

僕にとっては、そんなにすごい感銘を受けたわけではなかったが、よくできた本だと思う。注釈が2重3重になっている。読み物としても軽く読めるし、もっと詳しく知りたい人はこっちへ、さらに突っ込みたい人はこっちへ、と深く読み解いていくこともできる。

また、参考文献の紹介も豊富。「時間とは何か」いろいろ考えてみたい人にとっては恰好の入門書といえるかもしれない。

posted by にあごのすけ at 08:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
トラックバック ありがとうございます。記事を見る限り自分以上に、この本を理解されているようなので、また機会があれば教えてください。
Posted by nos at 2009年01月18日 21:59
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