2009年10月13日

心が雨漏りする日には(中島らも)



連休というのはどうも苦手である。休み自体はうれしいのだが、調子が悪くなる。うつになるのである。睡眠パターンが崩れるからかもしれない。

しかし果たして自分は本当に躁うつ病なんだろうか、いまだに確信が持てないところがある。うつ病じゃなくて単なる悩み症(神経症)なんじゃないだろうか、とか。憂鬱だから悩むのか、悩んでいるから憂鬱なのか、区別がつかない。それに自分のユーウツをネタ話みたいにして面白おかしく人に話すこともあるので、「うつを楽しんでる」と揶揄されることもある。まあこれは僕の芸人気質がそうさせるのであって、つらい体験であっても「おいしい」と思ってしまうことがある。調子がいいときに限るが。

しかし、ひどいときは憂鬱以外にもうつ病的な症状(離人症、聴覚過敏症、会話性幻聴)があり、過去に躁エピソードもあるので、医者の言うとおり「典型的な躁うつ病」なんだろう。まあ病名はなんだっていい。

うつ状態のときは、たとえるならば心の静止摩擦係数が増大している「もうダメだ、家から一歩も外に行けない」と思っていても、思い切って出てしまえばどうってことなかったりする(外に出てもやっぱりダメなときもあるが)。そんなわけで近所でやっていた古本市へでかけた。そこで買ったのが、中島らものこの本である。

本を開くと「ありがとう」と書かれた手づくりのしおりがはさんであった。また、ユナイテッド航空のハワイのパンフレットの切れ端もはさんである。

想像するに、この本の持ち主はうつ病になった友人に本を貸し、「ありがとう」のしおり付きで返してもらい、そのままハワイに旅立ったのではないか。これだから古本は面白い。

さて、この『心が雨漏りする日には』、中島らもの躁うつ病体験記である。

ちょっとした自伝としても読めるが、とにかくハチャメチャな生活ぶりである。彼の場合、アルコール依存症とドラッグ中毒もからんでいる。うつ病になったときの精神状態や自殺未遂の話など、具体的に書かれているが、悲壮感はない。意図的に触れていないのかもしれないが。いたって前向きに自分の病気を捉えている。

彼のうつ対処法は、とにかく仕事をすることだった。考えたり立ち止まったりする余裕がないように仕事をすきまなく入れ、うつが入りこむ余地をなくすのである。

僕も似たようなところがある(僕の主治医いわく、こういう患者は70年代頃に多かった、けっこう古いタイプのうつ病者らしい)。しかし中島らもの場合、酒が入らないと仕事ができない。よってアル中になる。悪循環もはなはだしい。

よくこんな状態で、あれだけの量の本や脚本を書いたりできたもんだ。驚くばかりだ。あとは、こんならもさんに連れ添った奥さんの気丈さ(というか、のん気さ)にも驚く。

2002年の本である。つまりこれを書いた2年後の2004年、彼は酔って階段から落ち、帰らぬ人となった。

同じく大阪という土地で飲み歩いている身、いまだに飲み屋で生前の中島らもの話を耳にすることがある。

もしも生きていたら、どこかのバーでばったり会っていたかもしれない。会ってみたかったと思うし、話してみたかったとも思う。でも知り合いになるとたいへんですな、この人は。まあ「天才」という称号がふさわしい人だと思う。
posted by にあごのすけ at 22:30| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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