2011年03月26日

サマーウォーズ



こんな寒い季節にこの映画の紹介。ただ以前にアニメ映画「時をかける少女」を紹介していたので、ふと思い出した。同じ貞本義行と細田守コンビの映画だ。

「時をかける少女」と、この「サマーウォーズ」、この2作はあとあと残る映画だろうと思う。僕はそれほどアニメをみる方ではないが、「エヴァンゲリオン」以来の衝撃を受けた。僕の中のアニメランキング、いや映画ランキングを塗り替えた。

夏休み、主人公の高校生は、ひょんなことで憧れの女子先輩のいなかについていくことになる。そこには古き良き日本の大家族のきずなが待っていた。

かたや世界は、「OZ」と呼ばれる巨大なサイバー世界とつながっている。全人類が「OZ」のIDを持っていて、ネットゲームはもちろん、電気料金の支払いから住民票登録まで、すべて「OZ」にログインしておこなう。

「OZ」に強大な敵が忍び寄る。「OZ」はのっとられそうになる。主人公と先輩の大家族は、おのおのパソコンやケータイなどで「OZ」にログインし、団結して敵と戦う……という話。

現代社会は人と人とのつながりコミュニケーションが希薄になった。よく言われる話だ。

でも僕は実はその逆だと思う。現代はむしろ、コミュニケーション過多の時代なのだ

ケータイで毎日何十通ものメールのやりとりをする。ブログを頻繁に更新する。昼ごはんを食べているときも「吉野家なう」とつぶやく。

おそらく人はもともとさびしがりやなのだろう。別にネットでコミュニケーションすることが悪いとは思わない(僕もブログ書いてるし)。

ただ、コミュニケーションが多すぎて、ひとつひとつが粗雑でテキトーになっているような気がする。結果として、意味のない情報に埋もれることになる。時には心無い情報に惑わされ、傷つく。

この映画の面白いところは、近未来のネットによるコミュニケーションと、昔ながらの家族的コミュニケーションとを合体させたところにある。これぞ理想的なネットの未来の姿だと感じる。

思えばインターネットが普及する以前のパソコン通信の時代がこれに近かったように思う。あのころはパソコンでコミュニケーションをとりながらも、画面の向こうに人がいることを実感しながら、みな礼節をもってチャットをしていた。

コミュニケーションの手段としては、ネットはいまは過渡期なんだろう。この映画にみるような、リアルとバーチャルがバランスよく融合し、人と人とがつながる時代が来ると願いたい。

そんなわけで、ストーリーのよさと同時に、長年WEBの仕事をしている立場もあって、結局みながら号泣してしまったわけである僕は。

細田守はかつての宮崎アニメと似たものを感じる。いまの宮崎アニメは行き着くところまで行ってしまって、妙にゲージツ的すぎてついていけないことがある。

「宮崎駿の後継者」とまでは言わないが(そもそも別の人が同じ視点を持っているわけがない)、次回策にも期待したい。
posted by にあごのすけ at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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