2009年05月13日

分岐点

過去に他人から、トラウマになるようなひどい目にあわされた人は、やがて同じように加害者の側に回ることがある。

部活で先輩からいびられいじめられた新入部員が、2年生になったとたんに今度は新入生をいびる側に回るように。

虐待を受けて育った子どもが、やがて大人になり、時として今度はわが子を虐待するようになるように。

だがその逆の場合もある。

人からひどい目にあわされても、「自分はあんな人間には決してならない」と心に決めて反対の道を生きる人もいる。

このちがいはどこからくるのか。

20歳の頃の僕は、底なし沼に首までつかっていた。

大学になじめなかった。親しい友人もできなかった。被害妄想もあいまって、僕はアパートにひとり閉じこもってもがき苦しみ続けた。でも、もがけばもがくほど絶望の淵に吸い込まれていくようだった。

だれも僕の苦しみをわかってくれなかった。周囲の人間は僕を単なる甘えた怠け者とみなした。そして僕は、自分の苦しみが理解されないのはみんながバカだからと思った。そしてますます孤独になった。

でも生活費のこともあり、週2回のバイトだけはなんとか行っていた。

深夜のコンビニのバイト。

ある夜明け前にその事件は起こった。

チンピラ風のにいちゃんが突然僕につっかかってきた。

レジでオレをいつまで待たすねん。

コワモテの男にすごまれた経験などなかった僕は、心底恐怖した。すみません気づきませんでした。でも彼はいまにも殴りかかってきそうな剣幕だった。いやおまえは気づいとったはずや。気づいとったのにオレを無視したんや。

小心者のくせに我を曲げない僕は、いいえ本当に気づかなかったんです、何度もくりかえした。向こうも引き下がらなかった。店長を呼べという話になり、僕は震える手でプッシュボタンを押した。

店長はすぐに飛んできた。僕の前でチンピラに平謝りした。そして僕にも非を認めるようにと言った。

しばらくの押し問答の末、僕は主張を曲げざるをえなくなった。

すみませんでした、気づいていたのに無視していました、申し訳ありません、と。

いま思えば、3者3様の立場があったんだろう。それがたまたま負の連鎖を起こした。しかたのないことだった。

でもその時の僕は、まるで人生が終わったような気持ちだった。いや、真剣にそう思った。すべては終わった。僕の人生はこれで終わったんだと。

朝になった。電車に乗る気力もなかった。タクシーをとめた。

40代サラリーマン風の、人のよさそうな運転手だった。僕はよっぽどひどい表情をしていたのだろう、何かあったのかときいてきた。押し黙っていると運転手はバックミラーの中で苦笑いした。でも気遣うようにチラチラと何度も僕を見るので、僕は静かに話し出した。

「それはひどい話やなあ」

運転手は大げさなくらいに僕をかばった。そして色々な話をしてくれた。

なぜタクシーの運転手になったか。将来どんな夢を持って働いているか、など。

「今日のことを絶対忘れたらあかんよ」

タクシーをおりる時、運転手は笑顔を崩さずに僕に言った。

「将来もし自分が人の上に立つことになったときは、部下の肩を持ってやらなあかん。でも自分の信念は曲げたらあかんで」

アパートのドアを開けるなり、僕は玄関先に泣き崩れた。慟哭した。それまでのやるせない気持ち、みじめな気持ち、悲しみ、苦しみ、不安、屈辱感、すべてが一気にあふれ出した。昼過ぎまで僕は泣き続けた。

でもいま考えると、あの運転手のおっちゃんとの、時間にしてたった20分ほどの出会いが、僕の人生をちょっとずつ、やがて大きく軌道修正してくれたような気がする。

あの人に出会っていなかったら、僕の生き方や人間観はもっとひねくれたものになっていたかもしれない。

でもいまの僕が果たして「善人」かというと、自分ではどうにも判断できない。

ときには気づかず、あるいはやむをえず、あるいはもっと卑怯な理由から、加害者の側に立ってしまうこともある。
posted by にあごのすけ at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月27日

季節の記憶

春の日は写生会を思い出す。

古ぼけた寺院、砂利の上にすわり画用紙をひろげ、しかし地面は湿り得体のしれない昆虫がひそみ、いっしょに弁当を食べてくれる相手を必死に探していたことを思い出す。

夏の日は宿題を思い出す。

夏休み最後の日、ドリルの山、漢字を何個もくりかえし書かせる無意味な作業、すでに遠い記憶となった夏の日々を思い出し、泣きながら日記帳を書いていたことを思い出す。

秋の日は遠足を思い出す。

高圧的な教師のもと、一列に並ばされ、見たくもない菊人形、僕はひたすら小便をがまんしていたことを思い出す。

冬の日は親父を思い出す。

待ちに待った冬休み、クリスマス、年の瀬、テレビの特番、しかしそのとき親父に突然力まかせに殴られ、なぜ勉強しないのかと1時間も説教されたことを思い出す。

思い出なんかクソ食らえ。
posted by にあごのすけ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月26日

童話の中の聖母マリア

子どもの頃に読んだマンガの中に『世界の不思議物語』とかなんとかというのがあり、こんな話が載っていた。

老いぼれたバイオリン弾き。冬空の下、街角に立ち、指先はふるえかじかみ、それでもバイオリンを奏でる。でも聞こえてくるのは「へたくそ!」という通行人の罵声のみ。

結局老人一銭も稼げず、人気のない教会でうずくまる。

「神様! どうして私はこんなつらいめにあわなければならないのですか」

そこへ祭壇パッと明かりがさし、光の中に現れたのは幼子イエスを抱いた聖母マリア、金でできた靴を脱いで老人にさしだすのだ。

どうして僕の前にマリア様は現れないのか?

僕は母にきいた。するとクリスチャンの母、酔ったような目をして、

「きれいな心を持った人の前には、きっと現れて救ってくださるのよ」

だから僕は祈った。自分の汚れた心を懺悔した。そして実は毎日どんなにつらいかを祈った。何度も何度もお祈りした。

聖母マリアはただの一度も現れなかった。

悲しかった。

そして正直、うらめしく思った。
posted by にあごのすけ at 05:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月29日

聖母マリアを撃て!

何年か前の夏祭り。

ある射的屋の前で立ち止まる。

陶器製の聖母マリア像が何十個もならんでいる。

マリア像を撃つなんてなんて不謹慎な!

でも僕はそれが急にほしくなった。僕はクリスチャンではない。でも聖母マリア! 大いなる母の象徴! 男にとっての女の理想イメージ!

僕は500円払ってコルク銃をかまえた。どんどん当たる、僕の腕がいいのか、マリア像どんどん倒れる。

撃ち終わり得意顔で手を差し出すと店のおっさん無表情で、

「はい、3体しか倒れなかったからコレね」

マリア像ではなく、うしろから陶器でできたヒゲのない「なんちゃってドラえもん人形」を僕の手のひらにポンとおいた。

捨てるに捨てられず、いまだに部屋に飾ってある。
posted by にあごのすけ at 02:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。