2009年09月02日

睡眠薬考(3)

睡眠薬については以前にも記事に書いた。

睡眠薬考(前編)
睡眠薬考(後編)

しかしやっぱり眠れないのである。眠れるようになった、と思っても、すぐにまた不眠になってしまうのである。

僕の場合、正確には不眠と言うより睡眠障害だろう。夜眠れない。しかし昼は死ぬほど眠い。

僕の「睡眠薬歴」をまとめておこう。

1.ハルラック(ハルシオンのジェネリック)

これは飲んだ5分後くらいに眠気が訪れる。しかし決まって悪夢を見てすぐに目がさめてしまうので、次の組み合わせに変わった。

2.ハルラック+ラボナ

悪夢は見なくなったが、やっぱり3時間くらいで目がさめてしまう。
ちなみにラボナはバルビツール系睡眠薬と言われ、歴史は古く、毒性も強い。芥川龍之介が自殺に使ったのも同じ系統の薬。

3.ハルラック+ラボナ+ビビットエース(ロヒプノールのジェネリック)

ハルラックが超短期型なのに対し、ビビットエースは中期型である。
これで朝までぐっすり眠れるようになった……と思っていたのは僕だけで、ビビットエースのせいで、眠りにつかずに無意識に何時間もしゃべり続ける、という困った事態になった。いわゆる薬物性健忘というやつである。

さらに、目がさめても昼まで朦朧状態、夢と現実の区別がつかない状態となった(くわしくはこちらの記事)。アメリカその他の国では禁止薬物に指定されているくらいだから、かなり強い薬なのだろう。

医者に訴えると、今度はこんな組み合わせになった。

4.ハルラック+ラボナ+ビビットエース+ベタナミン

ベタナミンは睡眠薬ではない。かつて問題になったリタリンと同じく、合法の覚せい剤に分類される。とにかく強引に眠らせて強引に目をさまさせよう、という発想か。僕にはあまり効かなかったが。

こうして薬物の負の連鎖が止まらなくなっていく……。

ここで事情により、僕は病院を変わった。

「ベタナミンをやめるのは苦労しますよ」

医者に言われた。しかしベタナミン、僕にはまったく効かなかったせいか、なんの問題もなくやめることができた。

睡眠薬の組み合わせは次のようになった。

5.ユーロジン+コントミン

ユーロジンは中期型。コントミンは、統合失調症患者の沈静などに使われるメジャートランキライザーである。なぜこんな薬を出されたのかわからないが、睡眠を持続させるためだろう。

しかしこれが効かなかった。かわりに、飲んでから3時間後くらいに急に睡魔に襲われたりする。コントミンが糖衣錠だからではないかと思っているが、理由は不明。

そこでこんな組み合わせも試した。

6.ユーロジン+コントミン+レンドルミン
7.ユーロジン+コントミン+エバミール


これで一時的に眠れるようになったが、耐性がついてしまうせいか、すぐに不眠に戻る。しかし前の医者はバンバン薬を増やしたのに比べ、今度の医者は、なかなか薬を増やそうとしない(おそらくそういう医者のほうが良い医者なのだろうが)。

「運動をすると眠れるようになりますよ」
「太極拳を習ってみてはどうですか」


しかし何をやっても睡眠障害は改善しない。夜眠れなくて昼眠い。

先日昼間に病院に行った。

待合室で僕は眠りこけてしまった。医者がいくら名前を読んでも起きなかったらしく、診察中も僕は朦朧状態。これを見て医者はようやく睡眠薬を変えようと言い出した。

8.ユーロジン+セロクエル

セロクエルもコントミンも、同じメジャートランキライザーである。そのちがいは何か? 調べると両方とも、脳内物質であるドーパミンとセロトニンを抑制する薬である。しかしうつ病は、セロトニン不足で起こるんじゃなかったっけ?

不思議である。おそらく医者も医学も、薬が効く理由についてはまだよくわかってないのではないか。薬の組み合わせ方、処方の仕方も、医者によってバラバラ。どちらかというと経験から薬を調合する漢方薬医に近い印象を受ける。

しかしとにかく、現在はこのユーロジン+セロクエルでなんとか落ち着いた次第。

強制的な感じではなく、自然と眠りにつける。6時間ほどで目がさめる。起きても眠気は強い。いくらでも眠り続けられそうな感覚はある。そこはコーヒーを飲むなり煙草を吸うなりしてしのぐしかない。


※精神疾患がややこしいのは、おそらくそれは必ずしも「脳の病気」と言えないからではないかと僕は思っている。

僕が思うに、「こころ」は脳の中だけにあるのではない。「こころ」はおそらく、脳を含めた人間の関係性(人間関係、文化、言語)に、分離不可能なくらい密接につながっている。

posted by にあごのすけ at 07:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月25日

離人症と言われる

朝、起きられなくなった。

医者に相談して睡眠薬を減らしてもらった。

今度は夜眠れなくなった。

目覚めているわけでもなく、夢うつつの状態が朝まで続く。

朦朧とした意識の中、無数の思考がグルグルとうずを巻く。

思うのは過去のことばかり。

ふと身体を起こして部屋を眺める。

母を呼んでみる。「おかあさん」声に出して呼んでみる。

返事はない。僕は気づく。

そうだった。僕はもう子どもではなかった。大人になってひとり暮らししているのだった。

そんなことが何度も続く。

次第にここがどこだかわからなくなる。大阪か滋賀かアメリカか。

「いま」がいつなのかわからなくなる。僕は小学生か、大学生か、会社員か、老人か。

これまでに出会った友人や彼女がランダムに目の前に現れては消えるが、どれが「いま」つきあいのある人間かわからない。

そして朝が来る。

僕は大阪にひとり住んでいる。会社勤めをしている。

それはわかる。

でも街の風景が奇妙に見える。

これは「過去」の風景なのか。あるいは「いま」なのか。

いまは1999年か、2009年か、はたまた2019年か。

頭ではわかっている。

でも過去の記憶や未来の想像と同じくらい、「現実」にリアリティがない。

すべてが架空の世界に見える。

「離人症」

医者に言われた。

こういう感覚を離人症と言うのだそうだ。

言うなれば、パソコンが僕の心身だとすると、それを操作している自分が「魂」であって。

パソコンと自分がどんどん離れていく感覚か。

世界は見えるし音は聞こえる。でもとても遠くに感じる。

離人症は薬ではなおらない。

様子をみるしかない。

心と身体を離れて、魂だけで飛んでみる。

それもありかもしれない。

そしてふと思う。

どこか遠くに「本当の世界」があって。

そこには苦しみも悲しみも争いもなく。

すべての人たちが、ただ幸せに暮らしている。

その世界のほうが、この「現実」よりもずっとリアルに感じられてくるのだ。
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2009年03月20日

向精神薬の致死量

「睡眠薬で自殺」

なんてのはよく聞く話だけれど、実際はそんなに簡単ではないらしい。

なんでこんな話をするのかというと、アクセス解析を見ると案の定、「致死量」で検索してくる人が多いから。

このブログは自殺をすすめるブログではなく、「この無意味な人生をいかに生きるか」をテーマとしている。いかにネガティブな生き様を貫くか。方向性が自殺とは正反対である。

でも検索してくる人が多いから書いておこう。僕の調べた限り、向精神薬で自殺するのはけっこうむずかしい

だいたい、処方箋がいるとはいえ、普通の薬局でそんな危険なクスリを売っているはずがない。

クスリの指標には大きくわけて「作用量」と「致死量」がある。「作用量」は効き目が出てくる量、「致死量」は死に至る量である(もっとも、致死量を飲んだからと言って必ずしも死ねるわけではない)。

向精神薬は通常、「作用量」と「致死量」との間に、何百倍あるいはそれ以上もの差がある。つまり極端な場合、医者に処方された量の何百倍何千倍もの量を飲まないと死ねない。つまり向精神薬はそれだけ安全なクスリなのである。それくらい安全でないと、医者もクスリとして処方できない。

仮に致死量の向精神薬を飲んだとしても、酒と同じく猛烈な吐き気が襲ってくるから、まずそれに耐えなければならない。たとえ飲み切れたとしても、必ずしも死ねるとは限らない。「致死量」という場合、通常「半数致死量」のことを指す(らしい)。つまり50%の確率で死ぬ量。だから致死量の10倍飲んだとしても死なない場合もあるわけだ。

バルビツール系向精神薬リチウム(リーマス)は、作用量と致死量との間が比較的せまい部類に入る。それでも失敗する率は高い。代償として、重い後遺症を背負いながら生きていくはめになる。

僕が調べたかぎり、自殺に向いている向精神物質はもっと身近にある。

それはアルコール、つまりである。

なぜなら、作用量と致死量の間が極端にせまいからである。

アルコールは、血中濃度0.1%で酔っ払い状態。致死量は血中濃度0.3〜0.4%。

つまり、「けっこう酔っ払ったよ」という状態からさらにわずか3、4倍の量を飲めば死ぬわけである。

酒には知ってのとおり、抑うつを改善する作用がある。だから抗不安薬として使おうと思えば使えないことはないわけだ。しかし作用量と致死量との差が3、4倍とあまりにも近すぎて危険すぎるため、クスリとしては使いものにならないわけである。

だから向精神薬で死のうなんて思わないように。そんなに楽な死に方じゃありません。

もっとも、酒での自殺をすすめているわけでもありませんが。


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2009年01月25日

パキシル・トレドミン考

パキシルは本当によく効く薬である。

僕の場合、最初は1日10mgから始まった。その後徐々に増量し、一時は1日50mgにまでなった。

パキシルの正式な添付文書によると、うつ病の場合1日MAX40mgまでとある。50mgは飲みすぎではないかと思うが、医者の判断だからそれでよしとしよう。

パキシルは正式名称パロキセチンと言い、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の一種である。むずかしい話は抜きにして、ここにあるFLASHをみてもらうのが一番わかりやすい。

《SSRI作用のしくみ》

ごていねいにも、発売元グラクソ・スミスクライン社が作った動画である。

うつ病は、脳神経間を流れる伝達物質セロトニンの減少が原因であるとされている。セロトニンの流れが悪くなることによってうつ病が起こる(とされている)。

脳神経には、伝達物質の「出口」「入口」の他に「再取り込み口」がある。言ってみれば返品窓口のようなものである。

パキシルが何をするかというと、この再取り込み口に栓をする。結果、いったん放出したセロトニンは返品不可となり、強引に出荷先の神経が受け取らざるをえない状況にしてしまう。こうしてセロトニンの流れをよくするのだ。

・・・・・・というのが、僕がいろんなところで調べて理解した話。

前提として僕の場合について話すが(薬の効き方には個人差があります)、飲んですぐは「効いてる!」という実感はない。

だが1ヶ月2ヶ月、飲み続けているうちに、自分の中で何かが明らかに変わっていることに気づく。

不安を感じなくなる。正確に言うと、不安を不安と感じなくなる。

不安要因が心の中に眠っているのは感じる。だがたとえるならば、パキシルはそれにフタをして、見えないようにしてしまう。あるいは、不安はあるのに、それが自分から遠ざけられて手が届かなくなる。そんな感じである。

非常に強引な力で不安から目をそらさせてしまう。これがパキシルのすごいところでもあり、恐ろしいところでもある。

そしてパキシルは同時に、自分の中から「欲」も消してしまう。

まず性欲がなくなる。これは非常に爽快なことである。なぜなら、健全な男という生き物は、多かれ少なかれ、常に「女」が頭にあるから。かなり極端な言い方だが、頭の中は女のことだらけ、いつもモンモンとしている(僕だけか)? これが無くなるのだから非常に穏やかな気持ちとなる。悟りの境地に近い。

何かにつけて、やる気もなくなる。しかし無気力ともちがう。仕事にしろ何にしろ、普通に参加することはできる。しかし「さあやるぞ!」と意欲的に参加しているわけではない。なんだか機械的に、言われるままにやっている感じ

僕の結論を言うと、パキシルは「非常によく効く」薬ではあるが「できれば飲みたくない」薬である。

思うに、人間にとって「不安(不満)」と「やる気」はセットになっているのではないか。コインのうらおもてのように。

不安を感じるからそれを解決しよう、そこから脱しようとする。不満や欲があるから、それを満たそうとする。

安直な例だが、「女にモテない」→「もっと女の子から注目されたい」→「仕事がバリバリできる男になってやる」→「さあがんばるぞ!」というふうに。

不安というのは、肥大すればうつ病になってしまうが、人間にとってほどほどに必要な感情のひとつなのかもしれない。

パキシルは自分の不安をはるか遠いところまで遠ざけてくれる代わりに、生きる意欲まで奪ってしまうような気がする。

実際、近年になっていろいろ問題が取りざたされている。

ひとつは、小児・青年の場合、パキシルを服用することによって自殺のリスクが返って高まるという報告だ。

《厚生労働省サイト(PDF)》

これは先述の、「不安と同時に欲もなくなる」が関係しているのかもしれない。

もうひとつの問題は、離脱症状(禁断症状)が強くて、非常にやめにくい薬だということ。

《医薬品医療機器総合機構サイト:「塩酸パロキセチン水和物」の項を参照》

僕の経験だが、通院していた病院が突然休診になってしまい(以前の記事を参照)、パキシルを5日ほど切らしたことがある。

変化は翌日から現れた。

まず、手足がしびれてくる。そのうち、しびれは全身に回る。継続的なしびれではなく、何かをした拍子に、電気ショックのような激しいしびれが全身を「ビリビリビリッ」と貫く。頻度はだんだん増していき、10秒に1度とかこの「ビリビリ」に襲われるのでたまったもんじゃない。

そしてなんだか頭が締めつけられるような感覚に襲われる。頭痛ではないが、まるで孫悟空の輪っかを頭にはめられたような気分。そのうち、ジャンボ機に乗ったときのような、奇妙な耳鳴りがしてくる(この2大症状を俗に「シャンビリ」と言う)。

離脱症状は精神面にも現れる。強烈な不安、突然号泣したりとたいへんである。

ついには、しびれと不安が強いあまりに、歩くことすらままならなくなって、タクシーで救急病院まで行ってパキシルをもらうハメになった

その後病院を代わり、医者の判断もあってパキシルをやめることにした

50mgから20mgへはけっこうすんなり減らせた。そこからが大変だった。「牛歩」のようである。10mgにしたらひどい離脱症状が出たので15mgにしてもらい。次は10mgを半分に割ってもらって、ちょっとずつちょっとずつ、最後は半分の5mgを1日おきに飲み・・・・・・というふうにして、3、4ヶ月かけてようやくやめることができた。

パキシルの暗黒面は、アメリカでは社会問題として大きく取り上げられているようだ。グラクソ・スミスクライン社がこうした悪影響を事前に知っていたにも関わらず、薬を売り続けていた、というニュース。


僕はパキシルは完全にやめた。現在はトレドミン(SNRI:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)を飲んでいる。セロトニンのみならず、「やる気」を起こさせるノルアドレナリンの神経流通も促す薬だ。

正直なところ、あまり効いている気がしない。不安はおさまらない。「不安」はあえて限界ギリギリのところでわざと残されているようにも感じる。

しかし何度も言っているが、「不安」と「意欲」とが表裏一体なのだとしたら。これは自分で乗り越えざるを得ないということなのだろうか。

posted by にあごのすけ at 18:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

睡眠薬考(後編)

睡眠薬考・前編のつづき

精神科で初めて向精神薬をもらったときは正直うれしかった。それも、処方される量が多ければ多いほどうれしかった

なぜなら薬の量が、僕のつらさや苦しさを定量化してくれているような気がしたからである。

他の病気なら、外からみてある程度察してくれるが、こころの病はなかなかそうはいかない。僕のこころの中がどうなっているか、誰も察してくれない。「つらい」「苦しい」なんて口に出したところで、単なる意気地のないやつと思われるのがオチである。

しかし向精神薬をもらえば、「僕はやっぱり病気なのだ」とあらためて自覚することができるし、必要とあらば薬の山をジャラジャラと人前にぶちまけて自分の苦しみを主張することもできる。

最近はさすがにそう思うことはなくなったが。悪く言えば一種のステータス

睡眠薬の話に戻ろう。

ある日、通院しているクリニックから電話があった。

「先生が急病なのでしばらく休診します」

いつ再開するかもわからないという。無責任な話である。

僕は緊急に新しい通院先を探さなければならなくなった。しかし行った病院で、開口一番、先生にケチョンケチョンに言われた。

「あなた、これは飲みすぎですよ!」

僕は前の医者に言われるとおりに服用してきただけなので、ガクゼンとした。

「特にこのラボナ! ラボナを出すなんて信じられない! これは現在は麻酔とかにしか使わない薬なんですよ!」

あとで調べてわかったことだが、ラボナはバルビツール系というかなり古い部類の睡眠薬である。古いということはそれだけ問題もあるということで。睡眠を促すと同時に、心臓や他の器官も弱めてしまう。

つまり致死量が低い。ものの本によると、ラボナわずか20錠で自殺したケースもあるらしい。それを僕は毎日2錠飲んでいたわけである。芥川龍之介も同じバルビツール系睡眠薬で自殺したし、太宰治もこれで何度も自殺未遂をした。

(注:念のために書いておくが、ラボナ20錠で自殺、というのは稀なケースのようである。いろいろ調べたところ、実際は数百錠飲んでも死ねないケースが多い。代わりに、ラボナには筋肉を溶かす作用があるので、自殺に失敗して重い障害を背負いながら生きなければならなくなることもある。念のため)。

「とにかく、薬物中毒の方はウチでは診ることはできません!」

こうして僕は剣もホロロに追い出された。理不尽な話である。しかしこれで、僕が薬物中毒状態になっていることをようやく知った。

友達の紹介で、新しく通院できるクリニックをなんとか見つけることができた。診察の結果、病名がうつ病から双極性障害(躁うつ病)に変更になった。

処方された睡眠薬は以下のとおりである。

ユーロジン 2mg×1錠
コントミン 25mg×1錠

ユーロジンは中期型。比較的副作用が少なく、安全性の高い睡眠薬らしい。

コントミンは睡眠薬ではなく、メジャートランキライザーである。統合失調症の治療などにも使われる。なぜコレを出されたのかは不明だが、躁病の症状にも効くらしいから、そのためだろうか。

(ちなみに、これもまねをしないでほしいが、コントミンと酒をいっしょに飲むとたいへんである。朦朧状態、立っているのもたいへんな状態となる)。

しかしこれまで強い薬ばかり飲んでいた僕には、コレは効かなかった。

「先生眠れません」

すると先生、静かな口調で、

「うん、そういうときはね、軽い運動をすれば寝つきがよくなることがありますよ」

拍子抜けである。前の医者とは正反対、あまり薬を出したがらない。でも僕の場合、そのくらい慎重に処方してくれたほうがよいようだ。

しばらくして、眠れない時用の頓服としてコレを処方された。

レンドルミン 0.25mg×1錠

先生いわく、「世界で一番安全な睡眠薬」だそうである。

例年のことであるが、秋から冬にかけてうつ傾向がひどくなった。レンドルミンをやめてコレが追加された。

エバミール 1mg×1錠

短期型。これも比較的安全な睡眠薬だそうである。

現在はこの3種、ユーロジン、コントミン、エバミールで落ち着いている。いまではすっかり朝型人間になった。躁うつ病が改善したかどうかはまた別の話だが。

いまとなっては、ハルシオンにラボナにロヒプノール、あんな強烈な薬は怖くて飲む気にはなれない。

ずっと弱い薬をずっと少ない量で、睡眠が改善されたことは興味深いことである。これはあくまでも僕のケースなので、他の人にあてはまるかどうかはなんとも言えないが。

最近は、本当に子どものときぶりくらいに、朝食をとる習慣がついた。

posted by にあごのすけ at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

睡眠薬考(前編)

僕が睡眠薬(睡眠導入剤)を服用し始めたのは3年ほど前である。

精神科に行ってうつ病と診断され(自分に昔からうつの傾向があるのは自覚していたのでさして驚かなかった)、抗不安薬、抗うつ剤といっしょに睡眠薬を処方された。

別に眠れなかったわけではない。いつもバタンキュウと深い眠りに落ち、寝覚めは悪かった。問題は眠る時間帯にあった。

午前4時くらいまで眠たくならないのである。午後10時台に眠たくなることはあったが、午前12時になると目がさめてしまう。昔、0時〜8時の深夜のコンビニでバイトしていた影響があるのかもれない。しかしウチはもともとそういう家系で、母も祖父も午前4時まで起きているのが常だった。

それはよくない、朝方の生活パターンに切り替えましょう、ということで処方されたのがコレ。

ハルラック 0.25mg×2錠

悪名高い?ハルシオンのジェネリックである。精神科に通うようになって知ったのだが、睡眠薬はその作用速度や期間によって何種類かに分類できる。

超短期型。短期型。中期型。長期型。

ハルラック(ハルシオン)は超短期型である。説明書には、「身の回りのことを済ませてから服用しましょう」とある。つまりそれだけ効き目が速い。5分とたたないうちにめまいがしてくる。眠くなるというよりは、風邪で高熱を出したときの朦朧状態と似ている。

しかし慣れというのは恐ろしい。耐性がついたのか。飲んでも眠れなくなる。超短期型のせいか、2時間もたてば元通り、目がパッチリ。もし眠れたとしても悪夢を見て目がさめることが多くなった。

「悪夢で目がさめるんです」

するとコレが追加された。

ラボナ 50mg×2錠

いちおう中期型に分類されているようだが。後述するが、果たしてラボナを睡眠薬と呼んでいいものか。

これは真似しないでほしいのだが(僕だって意図的にやったわけではないのだが)、ラボナを飲んで30分ほど起きていると、効果がドッと現れて急に気分が楽になる。もう怖いものなしである。朦朧状態であることに変わりはないが。

しかし、ハルラックとラボナを飲んで、悪夢は見なくなったが、やっぱり3時間ほどで目がさめてしまうのである。もしも朝まで眠れたとしても、目がさめたら全裸になっていたとか、奇妙なことがたびたび起こった。

「先生、どうしても長時間眠れません」

すると今度はコレが追加された。

ビビットエース 1mg×2錠

ロヒプノールのジェネリック。中期型。これでようやく、朝まで眠れるようになった。

しかしこの薬、とんでもないシロモノだった。

記憶が飛ぶ。僕自身は、薬を飲んですぐに眠ったと思っている。しかし人に聞くとそんなことはない、この薬を飲んでしばらくして急に晴れやかな表情になり、数時間にわたって流暢にしゃべりまくると言うのである。言われてみればそんな「夢」を見たような気もするが、ほとんどおぼえていない。いわゆる薬物性健忘

周囲に迷惑なことこのうえない。さらにこの朦朧状態が翌朝から昼まで続く。夢と現実の世界を行ったり来たり。くわしい症状は以前の記事を参照。

「先生! いつまでたっても眠気がとれないんです!」

そして今度は逆に、目がさめるというベタナミンなる薬をもらった。2年前にうつ病適用外となったリタリンと似たような薬である。ようするに合法覚せい剤である。

賢い人はこのあたりで気づくべし(僕は気づけなかった)。

単に「朝方の生活パターンに変える」ために薬を飲み始めたのが、薬の副作用を抑えるために別の薬を追加し、さらにそれを抑えるために・・・・・・そして気づけばすっかり薬漬けになっている

素人なのでなんとも言えないが、薬をよく出す医者と、あまり出したがらない医者がいるのはたしかである。そして薬をある程度多く飲まなければならない病状があるのも確かだろう。でも僕はどう考えても飲みすぎだったような気がする。



posted by にあごのすけ at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

復活

11月からの長いウツの冬眠から復活。。。

できるか??

例年通りなら冬至を過ぎた頃から徐々に調子が戻ってくるはずだ。

乞うご期待。

posted by にあごのすけ at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月17日

ロヒプノール(ビビットエース)

医者からある薬をもらった。

不眠を治すため、もともと短期作用型の睡眠薬をもらっていた。しかしこれを飲んでも悪夢にうなされ、2、3時間で目が覚めてしまう。

そこでさらに、睡眠中に利くという抗不安剤をもらった。しかしこれを飲むと悪夢は見なくなったものの、深夜に無意識のまま徘徊するというやっかいな事態が起きた。

それで次にもらったのが、この問題の薬である。

効き目は7時間。朝までぐっすり安眠できる。しかし「問題」というのは目が覚めない点だ。無理やり起きても、朦朧状態がつづく。

たとえば目を覚ます。仕事に行かなければ、僕は服を着替える。が、次の瞬間、僕はいつのまにか布団に横たわっている。着替えてすらいない。さっきのは夢だったのか。

今度こそは、と僕は身なりを整える。準備万端、ドアを開け、階段を下りる。調子いいぞ、と思った次の瞬間、僕は実はまだ家の中にいて、着替えの途中で床に横たわっている自分に気づく。またしても幻。

やったつもりが実はやっていない、夢と現実とが交互に訪れる、こんな状態が昼までつづく。物事がなかなか先に進まない。「目がさめる薬」というのももらっていて、これを飲むと少しは意識がはっきりする。しかしやっぱり起きられなくて僕は会社を午後出勤する。

不眠を治すはずが、薬のせいで会社に行けない。本末転倒ではないか。これはまずい、問題がありすぎる。

そこで今日、通院の日、僕は「問題の薬」を止めてもらうことにした。

通院の日が一番つらい。というのは、例の「目がさめる薬」は前日分までしかもらっていないわけで、前後不覚のまま医者に行かなければならない。

僕は家を出る。クリニックまでタクシーで行こう。僕はタクシーを止め、後部座席に乗り込む。

と思ったら、僕はなぜか歩道に突っ立っている。おかしい、さっきタクシーに乗ったはずなのに、さてはあれも幻だったのか。

次はだまされないぞ、僕は再びタクシーを止める。なんとかクリニックにたどり着く。診察券を渡し、順番を待つ。

「○○さんどうぞ」

名前を呼ばれ、診察室のドアを開ける。

「このまえもらった薬ですけど」
「はい」
「あれは僕には合わないです、利きすぎます」
「そうですか」
「毎日昼まで朦朧としてしまいます」
「じゃあ止めましょうか」
「はい、お願いします」

その時、

「○○さんどうぞ」

名前を呼ばれ、僕は驚く。我に返ると僕はまだ待合室にいる。またこれだ。僕は診察室に入り、さっき「予習」したことをくりかえす。

「このまえもらった薬ですけど」
「はい」
「あれは僕には合わないです、利きすぎます」

これで「問題の薬」とはおさらばだ。午後から出勤しなければいけないので、僕は電車に乗り込む。会社の前に着くも、まだ朦朧としている。こんな状態で出社するのはさすがにマズイだろう。喫茶店に行こう。そこでさきほどもらった「目が覚める薬」を飲むのだ。

テーブルについた僕はアイスコーヒーを頼む。いつのまに来たんだろう、向かいにはY子さんがすわっている。

「なんで喫茶店入ったん?」
「目が覚める薬を飲むねん。それが利き出してから会社に行くねん」

僕はそう言って薬を取り出し、コーヒーで胃に流し込む。しかし気がつくと彼女はいなくなっている。手もとを見ると薬が握られている。まだ飲んでいなかったようだ。そもそもY子さんがこんなところにいるはずないではないか。

今度こそちゃんと薬を飲み、ここは文庫本でも読もう、そして目が覚めるのを待とう。

僕は読み始める。すらすらと読み進む。ようやく目が覚めてきたか。そう思い、でも気がつくと手もとに文庫本がない。本はいつのまにか床に落ちている。じゃあさっき僕が読んでいたのはなんだったんだ?

30分ほどたち、ようやく正気を取り戻した僕は店を出る。

店の前で、僕は偶然昔の友人にでくわす。高校以来だ、17年ぶりの再会だ。互いに驚きながら、近況についてしばらく立ち話をする。電話番号を交換し、近いうちに飲みにいこうと約束する。

いま、携帯を見るとちゃんと彼の番号が登録されている。さすがにあれは現実だったようだ。

それとも、あれも僕の幻覚にすぎなかったのか?
posted by にあごのすけ at 04:43| Comment(0) | TrackBack(2) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月13日

私の精神症状書

これまで何度かこのブログで、僕がなんらかの精神疾患をもっているということを書いたが、この際明言しておこう。

僕は(現時点で)双極性障害と診断されている。

僕は幼少の頃から、いろいろな「奇妙なこと」、つらい「症状」を経験してきた。

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【1歳】
僕は1歳から記憶がある。それもかなり明晰な記憶であり、昨日のことのように思い出せる。「そんなことはありえない」と医者は言った。でも事実なんだから仕方がない。

【3歳】
3歳まで言葉を話さなかった。しかし先ほど述べたように1歳からの記憶があり、僕は実は周囲の人間の話す言葉をちゃんと理解していた。自分から話す必要性を感じなかったから話さなかっただけである。3歳のときに弟が生まれたので、たぶんそれが原因で発話する必要が出てきたのだろう。

【4歳】
この頃から小学校低学年まで、僕はいろいろな奇妙なものを見た。2階の窓から巨大な目玉がのぞいているのを見たことがあるし、何もないはずの壁にある日突然窓が開いてきて、でもあとで見たら消えていた、なんてこともある。しかしこうした体験はたぶん子どもはみんな経験しているんじゃないかと思う。

【小学校時代】
あまりちゃんと授業を受けた記憶がない。学校ではいつも白昼夢の中で遊んでいた。その中に僕は複雑な社会背景や登場人物を設定し、僕もその中の一員として、白昼夢の中で生活していた。

この頃から、僕は別の遊びもおぼえた。「身体から抜ける」という遊びである。現実に目を向ける、するとだんだん疑問がわいてくる。「これは夢なんじゃないか?」。するとだんだん周囲が消えていって、気がつくと僕は真っ白な世界の中をただよっている。
意識はある。ただ現実が消えるだけである。現実とは別のどこかに僕はいる。しかし、長いことそこにいると、現実世界のことが心配になってくるので、僕は現実に戻る。これを意識的におこなうことができた。ちなみにいまでもできる。医者に話すと「解離性障害?」とのこと。

【7、8歳】
必ずといっていいほど真夜中に起き上がって、泣き叫びながら家中を走り回った。夜驚症。いわゆる夢遊病。自分ではおぼえていない。しかし僕の知らないうちに自分が暴れ回っているらしい、ということが恐ろしかった。恐ろしくて夜眠れなくなった。いまだに夜は眠れない

【8歳〜中学校】
キレる少年だった。カッとなると弟をナイフで切りつけたりした。庭中の木の枝をノコギリで切ってまわった。ダンボール箱があると、カッターナイフでボロボロになるまで切り刻んだ。「おまえはいつか家族全員を殺す」。親父にそう言われた。
学校ではいじめられキャラだった。よくちょっかいを出された。しかしキレやすい性格がここでは幸いした。不良をホウキでボコボコにぶちのめした。背中に氷を入れてきたやつの頭からジュースをぶっかけてやった。いじめはすぐに止まった。

【中学校】
声が聞こえるようになった。耳のうしろあたりから、聞こえるはずのない声が聞こえるのである。それは自分の考えが声になったものであったり(考想化声)、意味不明なつぶやき声だったりした。誰もいないときはよくそれと会話をしていた。考想化声はいまも時々ある。
この頃からオカルトにハマるようになった。一番よくやっていたのはダウジングである。5円玉に糸をつけぶらさげて、いろんなことを当てた。恐るべきことに百発百中あたった。この能力はいまは失われてしまった。

【高校】
これは病気と言えるかどうかわからないが、オカルト趣味が高じて、学内でビラを配り始めた「世界はもうすぐ終わる」という終末思想のビラである。一躍?学校の有名人となったが、成績は下がる一方だった。
この頃から僕の凶暴性は身を潜める。理由はよくわからないが、ある日突然、他人への同情が自然とわいてきたのである。僕はこれまでの自分の残虐行為を悔いた。
オカルト狂いは高校3年の頃にはおさまった。研究熱心さがあだとなって、オカルトの矛盾が見えてしまったのである。一時期、左翼運動の連中と行動を共にしていたが、これもなじめなかった。
高3の夏、僕ははじめて自殺を考えた。毎日夜明け前、橋の上やマンションの最上階に行ってはじっと下を見下ろした。結局実行できなかった。

【浪人時代】
理工学部に入ろうと志す。この世界の謎を、不条理のわけを、人生の意味を解明できるのは科学しかない。そう思ったのである。
しかしあまり勉強せず、ギターばかり弾いていた。この頃、「煙草の火を手に押し付ける」という自傷行為を何度かやった。

【理工学部時代】
2浪してようやく理工学部に入学したが、すぐに失望した。誰も人生の意味なんて研究してなかったのである。
この頃一時期、聴覚と嗅覚が異様に鋭くなる。数十メートル離れた人のジュースのにおいがわかるくらい。これは何らかの初期症状だったのかもしれない。
夏ごろから、自分はハゲる、一目と見られない醜い姿だと思い込み(醜態恐怖)、下宿しているアパートに閉じこもるようになる。そして矛盾するようだが、自分の髪の毛を抜く(抜毛癖)ようになる。一時的に頭髪が薄くなり、再び生えてきたときには髪質がすっかり変わっていた。
ひきこもりから脱出しようと引越ししてみるも、悪化する一方。アパートの一室、雨戸を閉め切り、寝たきりの生活。これが2年間続く。不安、恐怖、絶望感、無力感。さらには、ドアがバタンバタンと音をたてたり、蛍光灯がバチバチと鳴ったりといった幻聴考想化声もひどい。
ものが大きく見えるという大視症もある。天井がどんどん自分に向かって迫ってきて、あげくはおしつぶされてしまうのではないかという幻覚にもがき苦しむ(不思議の国のアリス症候群)
両親が僕を捕まえて精神病院に閉じ込めようとしている、という被害妄想あり。UFOも何度か見た。
思えばこの頃の僕は明らかに、重度のうつ病(あるいは統合失調症)だったように思う。精神科に行こうとも思った。しかし知識に乏しかった僕は、自分は少なくとも狂っていない(と思っていた)わけだし、医者に一笑にふされるか、隔離病棟に閉じ込められるかのいずれかだと思っていた。結局医者にはいかなかった。

【哲学科時代】
地獄の苦しみを味わって2年、ある朝突然、人生の答えが降りてきた。もはやすべてを理解した、僕は悟りの境地に至ったのだ、と思った(躁転)。不思議な感じだった。足は地面と、頭は空とつながっているようで、自分と世界との区別がつかなくなった(変性意識状態)。ひさしぶりに大学に行き、みんなに人生の真理を説いて回った。
宗教団体を設立しようかとも思った。しかしその前に、自分の身に何が起こっているか知りたかった。仏教書を紐解くと、悟りの体験として僕の身に起こったのと同じことが書いてあったので確信を持った。しかしもっと深く探求したかった。
僕は理工学部を中退し、文学部哲学科に編入学した。僕が得た「人生の答え」と同じようなことを考えている哲学者(ウィトゲンシュタイン)がいたので、彼で卒論を書いた。卒業した。
不思議な話だが、「悟り」の経験を経てひきこもりを脱した直後から、対人恐怖・広場恐怖・赤面恐怖がはじまった。それまでは自分以外はバカだと思っていたのである。だからひきこもっていたのである。しかし「悟り」経験をしてからは、人間はみな平等だ、偉いも偉くないもない、ホントの意味での善人も悪人もない、と思うようになった。それで急に他人が怖くなったんだと思う。大学の教室では、いつもドアのすぐ横の席にすわった(教室の奥にいけなかった)。本屋などでレジの人と目を合わせるのも恐怖した。
この恐怖症は徐々におさまった。


【会社員時代】
親父のコネでしかたなく会社勤めをすることになった。しかし意外と働きやすかった。ひとつには、僕がWEBの知識に長けていたことがある(哲学科時代にWEBと出会い、「これで世界が変わる」と衝撃を受けて夢中で勉強していた)。
僕は会社のWEB担当になった。他にWEBにくわしい人間が会社にいないから、仕事はやりやすかった。僕の独断場だった。別の子会社に転属になったり、会社が統廃合したりした現在も一貫してWEB担当である。
入社以来、遅刻の常習犯だった。なんども注意を受けた。しかし小学校以来、朝まで起きている癖があるので直せないのである。やがて誰も何も言わなくなった。
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そして現在に至る。

入社以来10年間、何度か躁とうつをくりかえした。何度か死のうとしたが幸い実行しなかった。逆に調子のいいときは会社以外からも仕事をとってきて、副業のほうが本業よりも儲かっている時期もあった。

1年半前、ゆううつがかなりひどくなった。しかし正直なところ、ハイなときとローなときがある自分の性格はよくわかっていたから、慣れっこになっていた部分もある。うつで死にたいと思っても「ああ、またいつものアレね」と妙に冷静な自分がどこかにいるのである。
しかしかなり不安がひどかったので、初めて精神科に行ってみることにした。
診断名は「季節性うつ病」だった。
しかしそこの先生、患者の話をあまり聞かない。2分ほど問診して終わりである。そのくせ薬は増える一方だった。特に抗うつ剤「パキシル」が問題で、飲んでいるときはいいが、飲み忘れでもしたらすさまじい断薬症状が襲ってくる。

今年になって病院を変えた。
そこの先生はのんびりしていて、なんぼでも話してください、という態度だった。そこで上記の僕の遍歴を語った。
ついた病名は「双極性障害」いわゆる躁うつ病である。

しかし正直言って、僕は精神医学をあまり信頼していない。
行動に問題ある人に「行動障害」というあたりまえな病名をつけるような学問である。
それに長年、こうした「症状」と共に生きてきた自分がいる。病気かどうかはあまり関係ない。とにかくこれが僕の人生なのである。病気がなくなってしまうと、自分がただの平凡な人間になってしまいそうでこわいのである。
そう、僕は自分になんらかの才能があると確信している。あるいはこれも「病気」なんだろうか。

「先生、僕の病気、あまり完全になおさないでください」
「えっ」
「首を吊らない程度になおしてください」


すると先生、やさしく笑って、

「それはあなたがいま調子がいいからそう思ってるんでしょう? うつのときならどう思います?」
「・・・・・・何がなんでもこの苦しみを消してほしいと思うでしょうね・・・・・・」
「そうでしょう。・・・・・・ま、わかりました。首を吊らない程度になおしていきましょう」
posted by にあごのすけ at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月03日

寄生虫、問いと答え、ミックスサンド

午前10時30分。

頭から離れない映像、このまえネットで見た動画。寄生虫。それはウマバエの幼虫だ。

蚊を媒介としてその卵は人間の皮下に埋め込まれ、孵化する。そいつは体長数センチに成長し、ついには皮膚を食い破り、人間の腕や背中にポッカリと空いた穴から外界に頭をのぞかせる。幼虫を駆除する方法、それはそいつが頭をのぞかせたスキを狙ってピンセットでつまみ、ゆっくりとひねり出す。グロテスク、だがやりかたは簡単だ。

ここ数日、パキシルを切らした僕の憂鬱ますますひどく、一日中寝床の中、悪夢で目を覚ませば息もできぬほどに号泣し、加えてひどい眩暈や手の痺れ、禁断症状めいたものにさいなまれていた。

心療内科に行き、処方箋をもらう。パキシルを手に入れた僕は行きつけの喫茶店に向かう。ホットコーヒーとミックスサンド。まずはグラスの水で薬を飲み干す。あとは効き目が訪れるのを待つしかない。

しかし水の量が足りない。食道の中ほどで錠剤が止まっているような感覚が消えない。

見ると店内は満席、忙しく動き回る店員、モーニングセットの皿が無数に行きかい、だが僕のミックスサンドセットだけがこない。そうか、いまはまだモーニングの時間帯なのだ。注文を間違えた。

「答えのある問いならば心配することはない、答えは自ずと姿を現す。答えのない問いならばそもそも思い悩む必要もない」

どこかで聞いたチベットの格言。僕の憂鬱もあるいはこんなものなのかもしれない、場違いな注文をすれば、答えが運ばれてくるまで僕は延々と待ち続けるハメになる。

問いと答えはたいていセットになっている。受験生の悩みは受験に合格することで解消し、サラリーマンの悩みは出世することで解決する。単純明快。

「答えは自分で見つけるものだ」、聞き飽きたセリフ、でも結局のところ誰も彼も、答えは最初からわかってるくせに、ひとり芝居でイナイイナイバア、くりかえしているだけのように見える、つまるところありきたりな答えを「発見」しておわり。くだらない。

でも、答えのない問いにしばられている自分はどうすればいい?

いやいや、自分だけが高尚だと思うなかれ、他人から見れば僕だってくだらない質疑応答をひとりでくりかえしているように見えるにちがいない、きっとくだらない、そうだ、結局のところ他人の苦しみなんかわからない

他人の問いは常に自分に理解可能なものにすげかえられる。だからくだらなくみえる、同じ理由から、他人はどんな苦境でも楽々とそれを乗り越えていくようにも見える。自分の苦しみをなるだけ「正確」に他人に伝えたければ、非常に手の込んだ作業をするはめになる。それが「ゲージツ」だって?「文学」だって? 話を高尚化するくせはいいかげんやめろ。

ミックスサンドはまだ来ない。

ひょっとしたら僕はとんでもない注文をしてしまったのではなかろうか。「ヘイ! ステーキをミディアムで。あとグレービーソースのかかったマッシュドポテトとドクターペッパーね」。アメリカ気取りでそんな注文、したのかもしれない。ならば解答得られるはずもない。

悩み、そこにもし根深さがあるとすれば、問いを得た「世界」と答えを求めている「世界」が異なっている場合か。それに気がつかない場合はさらに深刻になる。あるいは社会に巣食う病魔も、不条理の感覚も、人間という知能体が背負った宿命もそこに起因する。

問いと答えがセットになった思考体系を「文化」と呼ぼう。

僕の心に巣食う憂鬱、憂鬱という虫、そう僕はそれを寄生虫みたいに感じている、僕の体調や精神状態にかかわらずそいつは前触れもなくうごめき出す。駆除方法は実は簡単なのかもしれない、でも「ここではないどこか」、「旅先」で寄生された場合は誰もその退治のしかたを知らない。自分でさえ。

店員、僕のテーブルをのぞき込み、ようやく気づく。テーブルには錠剤の抜け殻が散乱、まるでセミの抜け殻のようだな

だんだん薬が効いてくる。さすが抗うつ剤、抗不安剤。でもそれが僕の寄生虫の特効薬なんかではないことは馬鹿らしいほどよくわかっている。「答え」が「問い」をつれてくることだってあるのだ。断薬症状がおさまっただけだ。

ホットコーヒーが来た。ミックスサンドも来た。

だが僕が喫茶店に来た意味はもはや消えている。薬を飲みたかっただけだ。

ミックスサンドには、別の誰かが頼んだモーニングのトーストのコゲ、こびりついていた。
posted by にあごのすけ at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月26日

サナギの夢

うたた寝がひどい。最近特に激しい。「眠い」と感じるまもなく、ストンとあっちの世界に行ってしまう。

かろうじて意識はあるので、厳密には眠っているわけではない。しかし夢うつつである。朦朧状態である。病的である(いや、おそらく実際になんらかの病気だろう)。

具合が悪いことに、会社にいるとコレが頻発する。イカンと前後不覚で立ち上がり、パーティションに正面衝突したり足もとの書類をけちらしたりするので、迷惑極まりない。何のおとがめもないのが不思議である。きっと変人どころか、「怪人」「奇人」あつかいで恐れられているのではあるまいか。

パソコンに向かっているうち、思考がグニャリとねじれてくる。かたづけるべき仕事は山積み、でもそれがなんだか珍妙な禅問答みたいに思えてくる。そして僕は幻覚を見る。パソコンの横に置いてあるプリンタが、巨大な伊勢エビに変形する瞬間を僕は見た。

消え入りそうな意識で考える、いま僕が見ているこの世界。僕はあるいは現実世界の背後に隠れたなんらかの「真理」を見ているのではなかろうか。

いや、それもバカな話だ。「事実」ではないにしろ、僕は何らかの「現実」を見ているはずである。白昼夢や幻覚、それは少なからずリアリティを伴って感じられるからそう言えるのであって。リアリティのない幻覚ならそもそも認識すらむずかしい。「無意識」を意識できないのと同様。

言葉で説明できないモノは当然説明できない。逆にこうも言える、「すべては言葉で説明できる」。科学は科学の領域においてすべてを科学的に説明できる。キリスト教はキリスト教の領域においてすべてをキリスト教的に説明できる。あたりまえの話。

でも僕は、説明できるはずもない「世界のしっぽ」、つまり真理とやらを掴もうと手を伸ばす。無駄とわかっていながら。

夢の中ではサルが言葉を話し、馬が深海にもぐり、僕は空を飛ぶ。でもそれは理解できる世界に含まれる。「事実」ではないにしろ、現実にありえたかもしれない世界だ。

僕が言う「世界のしっぽ」、それは夢と現実のはざまで一瞬だけ垣間見えることがある。

布団にもぐりこむ、意識が遠のいていく、そのとき僕は世界が分解(溶解)されていくのを感じることがある。枕は僕の頭になり、足は地面に根をはやす。1+1=無限大であり、悪魔は神であり、人間はドのシャープであり、テレビは十字軍である。

世界は混沌とし混ざり合い、僕は思う、世界の正体いまこそ垣間見た。「世界のしっぽ」を掴んだぞ。

だがその瞬間、それはとたんに再融合する。夢。それは現実とは違う世界、でもどこまでも理解可能な世界。

昆虫はサナギの中で、透明なトロトロの液体になっているらしい。羽化するときに液体が、成虫の形に再融合するというのだ。

覚醒時の現実世界でもなく、夢でも幻覚でもない。

僕が見たい世界を「サナギの夢」と呼ぼう。

そして今日も僕は仕事に行く。これでも会社のWEB担当、ライバル業者のホームページをチェックしてみる。

HTML、css、Javascript、php。サイトのソースを見ているうち、また例の夢うつつ状態に僕ははまり込んでいく。そして僕は世界の秘密のひとつを解き明かしたと思い込む。

そうか!
ウェブサイトは、製作者の心身をまるごとコピーしたものなのだ!

タグにheadやbody、そしてフッタがあるように。HTMLソースが製作者の身体を反映しているのだ! そしてその身体を性格づけているスタイルシートは、製作者の心を映しているのだ!

僕はすべてを理解した! もはやソースを見ただけで製作者を100%正確に思い描くことができる、男か女か、身長は何センチか、体重は、視力は、口癖は、好きな映画は、きのうの晩ごはんは何か、すべてはWEBのソースの中に書き込まれているのだ! まるで遺伝子のように。

「おひさしぶりです」

声をかけられ、僕は我にかえる。見ると別の事務所にいる同僚だ。

「どうしたんですか、目が赤いですよ」

そう聞かれ、5秒、6秒、考えをめぐらす。しかし結局こう答えざるを得ない。

「いや・・・・・・眠かったもんで」

さっきまで見ていた僕の世界、伝えられなくて残念だ。
でももしも、

「世界のしっぽを掴もうとしてたんです」

そんなこと言おうモンなら。
posted by にあごのすけ at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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