2009年02月09日

子どものための哲学対話



以前の記事でも永井均の似たような本を取り上げた(「 翔太と猫のインサイトの夏休み」)。

この人は、子ども向けの哲学入門書を何冊か書いている。これもその一冊なのだが、「 翔太と猫のインサイトの夏休み」と同様、この本もかなりやっかいである。

章立てを見るとその奇妙さが少し伝わるかと思う。

第1章 人間は遊ぶために生きている!
第2章 友だちはいらない!
第3章 地球は丸くない!


さて、あなたはこの本を自分の子どもに読ませたいと思うだろうか?

内容は、小学生(あるいは中学生)の「僕」と、言葉をしゃべる「ペネトレ」という猫との哲学対話である。

あるテーマについて、「僕」と「ペネトレ」が語り合う。簡単な言葉が使われているし、文章も短い。挿絵もたくさん入っている。

しかし書いてある内容が非常に深いのである。あまりにも深すぎる。

たとえば「僕」が問う。

「どうして約束をやぶってはいけないの?」

こうして「僕」と「ペネトレ」の対話が始まる。でも結局、「ペネトレ」の哲学的な解答に「僕」は翻弄される。そして「僕」の最後の一言がコレ。

「???」

読者の反応もおそらくこれに近いと思う。子どもが読み解くにはあまりにも深すぎる内容。百歩ゆずって、考え方の固まっていない子どものほうがひょっとしたら理解できるのかもしれないが。

僕が思うに、おそらく著者は、僕ら大人の中にまだ眠っている「子ども」の部分に対して語りかけているのだろう。

別の本で書いていたが、永井均は、わかったつもりになるだけで実は何もわからない入門書は書きたくないそうである。

それはこの本にも当てはまる。哲学の入門書的な簡単なテーマを挙げるが、でもヒントしか書かない。「あとは自分で考えてください」というスタンスである。

そしてこの態度こそ真に哲学的であると僕は思う。

思えば僕らは、いかに多くの固定観念に毒されていることか。

「地球は丸い」「人を殺してはいけない」「うそをついてはいけない」などなど。さまざまな知識や道徳を身につけている。でも「なぜ?」と聞かれてすぐに答えられる人は少ない。

結局僕らは、自分で考えることを放棄して、ありものの教養を疑問もなく受け入れて大人になってしまったのである。

ふと考える、そんな何も考えていない大人が、果たして子どもを育てる資格はあるのか。「どうして?」とくりかえし聞いてくる子どものほうが、よっぽどいろいろ考えていて哲学的姿勢を持っているというのに。

そう考えれば、この本は僕らが真の大人になるための入門書とも言える。

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2009年02月06日

書斎曼荼羅--本と闘う人々



僕もいちおう「物書き」気取りなので、書斎には興味があるし、あこがれもある。

書斎は、文章を書く人間にとっての聖域なのである。

本棚を見ればその人の性格や趣味がよくわかると言うが、書斎には、誰にも立ち入ることのできない自分の世界がある。過去から現在にかけてのさまざまな人たちが書き残した書物に囲まれていると、それだけで妙な安心感がある。

今回紹介する本は、小説家、学者、評論家などの書斎部屋をたずねて描いたスケッチを集めたものである。

自分の書斎づくりの参考に、と思って買ったのだが、実際あまり参考にならない。

なぜなら、かなり散らかり放題の書斎が多いから(そうでない人もいるけど)。

この本で紹介されている人々(つまり本に関係する仕事をしている人々)には、ある種の共通点がある。

1.本の収集癖がある。
2.本以外のものにも好奇心旺盛で収集してしまう。
3.モノが捨てられない。


結果として書斎部屋はいつしか、インテリ版ゴミ屋敷と化してしまうのである。

しかし気持ちはわかる。僕は実はそれほどの読書家ではないが、そのくせ本は山のようにある。全部運びきれずに実家に半分以上おいてきたが、それでも本だらけである。買ったはいいものの、パラパラと飛ばし読みしただけで気が済んでしまったもの、そもそも買ったこと自体忘れて放置している本も多い。

結果として、本は本棚に納まり切らない。いつも不思議に思うのだが、どうしていつも本は本棚のスペースより多いのか。本棚に空きがある状況を僕は経験したことがない。

よって書籍は、本棚以外のところに山積みされることになる。この本でもそんな書斎がたくさん紹介されていた。中でも一番驚いたのは、床一面に本を並べて、その上を歩いて生活している作家の書斎だ。言わば床一面が、横に寝かせた本棚になっているのである。

結局誰でもそうなんだな。僕は妙に安心してしまったわけで。

でも著名な作家や学者の書斎だからこそ、散らかってても「さすが!」と思われるわけで。僕の部屋なんか本当にただのゴミ屋敷だからな。

これはとにかく小説でもなんでもいいからとにかく著名人の仲間入りをして、人から「すごい!」と思われるような人間になるしかない。半分冗談だが。

posted by にあごのすけ at 03:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

kyupinの日記 気が向けば更新(精神科医のブログ)

このブログを紹介したいがために、わざわざ「WEB」のカテゴリーをつくってしまった。

kyupinの日記 気が向けば更新(精神科医のブログ)
http://ameblo.jp/kyupin/


その名のとおり、精神科医が書いているブログである。

プロフィールや記事内容から察するに、ある精神病院の院長。年の頃は40代後半〜50代。奥さんとふたり暮らし。総合病院に診察に行ったり、鑑定医をしたりもしている。祖母は温灸療法師だった、など。

匿名のブログである。もしも自分の素性がバレたときにはブログをやめる、と言っている。

このブログを紹介した理由は、簡単に言うと非常におもしろいからだ。自分が診察したさまざまな患者の話が出てくる。薬に関する知識も得られるし、薬を使用したときの実例もたくさん紹介されている。

しかし本当におもしろいのはその部分ではない。興味深いのは、このお医者さんが「科学者」らしからぬところ

精神医学の話と関連付けて、音楽や宗教の話が出てきたりする。

特筆すべきは、彼が霊感を信じているところだ。

いや、信じる信じないの話ではなくて、霊感があると考えざるを得ない場面を多く経験していて、霊感は存在するものという前提で文章を書いている。彼の祖母は言わば霊力で患者を治す治療師で、そのすごさも彼は目の当たりにしている。また、自分自身、予知能力で患者の自殺を何度か止めた、と書いている。

僕が言いたいのは、「こんなヘンな精神科医がいますよ」ということではない。逆である。精神科医はこれくらいの柔軟性がなければダメだと思う。

僕の話だが、以前に通院していたあるクリニックで、抗うつ剤を飲んでも不安が消えないと訴えたら、医者からこんな答えが返ってきた。

「そんなはずはない」

そ、そんなはずはないってアンタ(汗)。教科書的にはその薬を処方したら不安が消えると書いてあるのかもしれないが、不安であるのは間違いないのである。現に不安を感じている僕自身が主張しているんだから間違いない。内蔵とかケガだったら、機械を修理する感覚で治せるのかもしれないが、こころとなるとそうはいかない。

思うに、精神医学はどこか科学の領域を逸脱しているところがある。

そうでないといけない。なぜなら科学はどこまで行っても客観的な方法論であるのに対して、精神は(患者の側から見れば)どこまで行っても主観的だからだ。

いや、それでも精神医学は純粋な西洋科学だと主張する人がいたら、その人はきっと脳医学とか神経科学と問題をすげ替えている。

患者の「こころ」という主観的部分を治療しようと思ったら、科学の方法だけでは不充分である。宗教的アプローチ、芸術的アプローチ、そして人を見抜く「霊感」が必要である。僕はそう思う。

そしてたぶん系譜的には、精神科医は、古来からいた霊能力者やシャーマンなどの延長線上に位置する。少なくとも僕はそうあるべきだと思っている。

(注:僕は霊を信じているかと言うと、これまた非常に答えにくい。科学も霊も、どっちも解釈の違いにすぎないと思うからだ。「霊は存在する」「霊は存在しない」、そのどっちも不正解。真理はおそらく、言葉の届かないはるか遠くにある)

僕がいま通院しているクリニック。そこの先生もけっこう変わり者である。

初診のとき、いろいろと質問されたあと、最後に「舌を見せてください」と言った。精神科医なのに扁桃腺でも診るんだろうか。言われるままに舌を出すと、先生はマジマジと観察し、

「うん、やっぱりうつ病の舌をしてますね」

あとあと調べると、東洋医学には「舌診」という診察方法があるらしい。舌の色や形状で患者の体調や精神状態を調べる。先生は、西洋医学的アプローチで僕を診察したあと、補助的に東洋医学の手法で確認をとったわけだ。

あと、こんなことがあった。

趣味はありますか、と聞かれ、「時々山を散策したりします」と答えたところ、先生おもむろに立ち上がり、診察室の本棚を眺めだした。5分間も眺め続けた。僕は黙ってすわって待っている。

ようやく席についた先生はこう一言。

「すみません、山の写真集がどこかにあったはずなのですが見つかりませんでした」

のんきである。

ここの先生、僕にとっては妙に居心地がいい。話が通じやすい。なぜかと思ったらひとつ共通点があった。

ここの先生はなんと文学部卒だというのである。文学部を出てから医学部に行きなおし、精神科医になったと言う。僕はと言うと、理工学部を中退し、文学部哲学科に行きなおしてそこで卒業している。

お互い、理系思考と文系思考が混ざり合っているから、話が通じやすいのかもしれない。

話が若干それたが。

精神科医はある程度「ヘン」なほうがいい。科学だけでなく、さまざまな学問や手法に通じていて、人を見抜く「霊感」を持っている人がベスト。

本当にただの「ヘンな医者」だったら困るけどね。

posted by にあごのすけ at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | WEB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

思い出トランプ



なんの予備知識もなくこの本を読んだ。

向田邦子と言えば脚本家。飛行機事故で亡くなった。・・・・・・それくらいの知識しかなかった。

だがあるとき、

「向田邦子はいいぞー」

薦められるまま買ったのがこの本だ。

読んで戦慄した。そして思った。

この人は、女の心理について知り尽くしているか、男の心理について知り尽くしているか。ふたつにひとつだ。向田邦子の経歴は知らないが、そうとしか思えないのである。

短編集である。主に中年から初老期にかけての、恋愛と夫婦関係がテーマになっている。でもそこに描かれているのは、決して幸福なラブストーリーではない。

人生は小さな幸せで満ちあふれている、のかもしれない。しかし同時に人生は、小さな不幸が満ち満ちているのである。

いや、「不幸」という言葉では足りない。人生に一瞬「地獄」を見る瞬間。「魔」が忍び寄る瞬間。

向田邦子はそれを直視する。いやというほど克明に描写する。

うつ気味のときに読むにはあまりにも重たすぎる本である。

向田邦子の洞察力、というか、人生の「地獄」を直視する勇気と忍耐力に僕は感服する。

そう、ある意味、この世はまさに生き地獄。

だがそこに、かすかな光が射すこともある。向田邦子は一部の短編ではそれも描いている。

人間は結局、その暗雲のすきまから射しこむ細い光をたよりに生きていくしかないのかもしれない。

posted by にあごのすけ at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

世界でいちばん好きな人



ひとつのジャンルとしてくくってしまっていいのかはわからないけれども、昔から、おそらく世界中に、「戦争に反対し平和を願う歌」というのがある。

日本で言えば60年代、学生運動の頃にそういった歌が多く作られた。

さて、911の世界同時多発テロという、おそらくは何千年も歴史に刻まれ続けるだろうあの大事件のあと。日本でも一部のアーティストが、この出来事や、それにつづく戦争をテーマに歌を書いた。

僕の聴いた中で一番メッセージが明確なのは長淵剛だろう。静かなるアフガン


とにかく熱い。力強い。ビンラディンやブッシュを名指しで非難し、戦争反対を攻撃的なまでに主張する。

もうひとつ僕の印象に残っている歌と言えば、以前の記事でも紹介した、さだまさし遙かなるクリスマス


こっちも熱いが、長渕に比べれば戦争反対のメッセージはずっとひかえめである。

「自分は戦場に行ったことがないので、自分の目線からでしか戦争を歌うことができない」

以前に行ったライブで、こういう趣旨の発言をしていた。世界情勢を憂いながら、途中から自分の身の周りの「不幸」に目が行き、最後は「永遠に君が幸せであれと叫ぶ」と、愛する人への想いへと収束していく。さだまさしは反戦歌をけっこう書いているが、こういうパターンのものが多い。

一言で反戦歌、平和を願う歌といってもさまざまである。

さて、次の歌はどうだろう。



世界でいちばん好きな人

詞曲 KAN

確かなことはわからないけど すごく不安がつのる
明らかなように伝わるあやふやに囲まれて

この国に生まれ 君と出会い この街にふたり暮らす
舞い降りた偶然を受け入れた真実

世界でいちばん好きな人
それはあなただと言い切れる
この想いがまっすぐに伝わるようにと手をつなぐ

日本がずっと平和なまま 続いて行くとは限らない
だから今この普通の日々を大切に生きる

時にぼくらは少しくい違い 意志をぶつけ合う
そんな時はただ雨降るように透明に丁寧に

確かなものは残ってないけど 少し自信が持てる
いつか静かに君の存在に裏付けられて

世界でいちばん好きな人
それはあなたと言ってくれるなら
その想いがいつまでも変わらぬようにと抱きしめる

遠くで起きてる戦争は いつ終わるのかもわからない
せめてぼくらはずっと互いを 許し合い生きよう

ぼくは誰とも争わないし 誰を憎む根拠もない
ただ落ち着きを取り戻すため ちらつくテレビを消そう

世界でいちばん好きな人
それはあなただと言い切れる
この想いがいつまでもずっと変わらすように
今この普通の日々を大切に生きる

KAN世界でいちばん好きな人という2006年の作品。

最初聴いたときは、「ああ、フツーのラブソングか」という印象しかなかった。でも何かがひっかかった。そして何回か聴いてようやく気づいた。

これはただのラブソングではない。実はKANなりの反戦歌なのである

「日本がずっと平和なまま続いて行くとは限らない」
「遠くで起きてる戦争はいつ終わるのかもわからない」


こう彼は歌う。しかし戦争反対とは一言も言わないし、戦争が悲しいとも言わない。ただ、「だから僕らは普通の日々を、許し合いながら生きよう」と結ぶ。

消極的である。「反戦歌」というジャンルに入れていいものかさえ迷う。でも実際のところ、一般の日本人の戦争に対する気持ちなんてこの程度なんじゃないのか。

戦争に対する等身大の思いをKANは正直に歌っている。

申し訳ないながら、僕はなんの平和運動もボランティアもしていない。でも戦争を嫌い平和を望む気持ちは持っている。酒場に行っては時々、世界平和について熱く語り合ったりする。

でも酔って帰り、翌朝起きればすっかり忘れて仕事へと向かう。悲しいけれどもそんなもんだ。

けれども、KANの秀逸なところは、歌詞の以下の部分だ。

ぼくは誰とも争わないし誰を憎む根拠もない
ただ落ち着きを取り戻すためちらつくテレビを消そう


僕はこの言葉に、大げさだがマハトマ・ガンディーの非暴力・不服従主義に似た決意を感じるのである。

戦争のことはわからない、でも世界がどうであれ、僕は誰とも争わないし誰も憎まない。

毅然とした態度を感じる。

また、「ちらつくテレビを消そう」という部分、情報のシャットアウトのようにも見えるが、ここもガンディーと共通している部分である。ガンディーは、新聞を読んで騒がしい世界情勢の情報が入ってくると心が乱れるとして、新聞を読まなかった。

結論。

「KANは、マハトマ・ガンディーに通ずる非暴力主義を貫こうとしている」

Wikipedia程度の知識でこんな仰々しい説を唱えるのはおこがましいにちがいない。

でも最近、この歌が僕の身の丈に妙にフィットしているように感じるのである。

posted by にあごのすけ at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

めずらしい人生


KANのベストアルバム。1992年リリースだから、もう17年も前になるのか。僕も年をとるわけだ。

思うにKANは、「愛は勝つ」で売れてしまったのが最大の不運だと思う。当時200万枚も売れてしまったから、当然この曲のイメージがついてしまった。結果として、手放しで「愛は勝つ」なんて言ってしまえるようなノーテンキなやつと思われてしまった。

しかし実際のKANはちがう。

他の曲やテレビラジオ等での発言を聞けばわかるが、この男、相当のヒネクレモノである。かなりのクセモノである。同時にお調子者である。

アルバムの中から一曲紹介。

めずらしい人生

詞・曲 KAN


レレレレドシラシドシラ
この音階に根拠なんかなくて
目的もあやふやで秘密もない

はじめて舞台に立った5才のぼくは
さるかにの猿で
木のぼりの演技で父兄にうける

すばらしい人生 18までのぼくは
何も考えずにだいたいうまくいった

めずらしい人生 今うたをうたってる
あれほど逃げまわっていたピアノを弾きながら

「あのね、うんとね」とうたってたわりに
ぼくは考えすぎてた
この頃から 言葉づかいがかわる

すばらしい人生 ぼくは君と出会った
何を犠牲にしても欲しいと思った
めずらしい人生 ぼくは父を亡くした
愛しい君の誕生日を祝ってた夜に

君のために死ぬつもりはない
君なしでうたう勇気もないうちは
ただのピアノ弾きなのか

こうしてぼくは20代を
悩みすぎて ややこしく生きた
だけど答えなんかはまだでない

すばらしい人生 今うたをうたってる
そして多くの人々が泣き笑う
めずらしい人生 そんな多くの人を
裏切らないとぼくの明日はないのも知っている

すばらしい人生 ぼくは君と出会った
決して徴や結果は求めない
おわりある人生 一番大切なことは
愛する人に愛されてるかどうかということだ




自伝的な歌だが、自分のファンに対して『そんな多くの人を裏切らないとぼくの明日はないのも知っている』と言い捨ててしまうところがすごい。

また彼は、『一番大切なことは愛する人に愛されてるかどうかということだ』と断言する。ラブソングにあるまじき歌詞。だが真実を含んでいる。

結局彼の歌はどうしてもこうなってしまう。どんなラブソングをつくったって、彼の地の性格、ひねくれた部分がにじみ出てしまう。それが彼独特の個性となって聴く側にせまってくる。

彼のつくるメロディも独特である。僕はずっと、洋楽に日本語詞をつけてカバーしているのだと思っていた。それまで日本に存在しないメロディだったのである。ようはビリー・ジョエルスティービー・ワンダーの強い影響を受けている、さらにいえば「パクリ(パロディ?)」なのだが、日本のポップスなんてほとんどすべて洋楽のパクリだからそのへんは突っ込まない。

歌詞のとおり、「多くの人を裏切った」せいか知らないが、KANはやがてヒットチャートから消えていった。でも彼は表舞台にしがみつこうとはしなかったように見えるし、あえて自ら身をひいたようにも見える。

その後の彼と言えば語学留学したり、気が向いたらアルバムを出してみたり、風変わりなライブをしてみたり、かと思えばフランスに移住してみたり、商業主義に振り回されることもなく自由気ままである。悠々自適である。

やりたいことしかやらない、作りたい歌しか作らない。決して自分のペースを崩さない。実際のところどうかわからないが、はたから見ててうらやましく思う。

プロのミュージシャンの中には、KANのコアなファンがけっこう多い。Mr.Childrenの桜井和寿、aikoなど。特に桜井和寿は、昔いっしょにラジオをやっていたせいもあるのか、歌詞・メロディ共にKANの影響がかなり濃い。聴くとわかる。

KANは90年代・00年代の日本ポップスに変革をもたらした影の立役者だと僕は思っている。

posted by にあごのすけ at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

バッファロー'66



どのジャンルにも当てはめられない映画である。もろ喜劇なのだが、悲劇ともとれるし、ラブストーリーでもある。視点を変えればミュージカルとも言える。

監督・脚本・音楽・主演と、ヴィンセント・ギャロが4役をこなしている。つまりは彼のやりたい放題な映画なのである。好き勝手やっているから一言でいうとグチャグチャな映画なのであるが、そのくせきれいにまとまっている。ヴィンセント・ギャロの世界観を反映しているという点でひとつにまとまっているのだろう。

ストーリーは、ギャロ演じる「ビリー」が刑務所を出たところから始まる。ビリーはもよおし、トイレを探すがなかなか見つからない。どこへ行っても「清掃中」、駐車場のすみっこで隠れてしようとするも運悪く車が入ってきて中断。

出だしからしてコレである。トイレ探しの旅がえんえん15分くらい続く。ビリーはもろに「ヘタレ」なキャラで、ギャロはそれを見事に演じている。

ビリーは、自分が刑務所にいたことを親には内緒にしている。「政府のために遠くで働いている」と嘘をついている。親に本当のことを打ち明けられないのだ。このあたり、僕も共感する心理である。親が怖いわけではないが、心のどこかで親を畏怖している。ビビッている。

映画のテーマはというと、「親に望まれずに生まれ、トラウマを背負って生きてきた男が、ある女性との出会いによって癒されていく」ということになろうか。

文章に書くと堅苦しいテーマだが、ギャロはそれを見事に、面白く料理している。その手があったか、と言いたくなるくらい。

ビリーは、途中で出会った(拉致した)女・レイラ(クリスティーナ・リッチ)をつれて実家に帰る。

「オレは結婚したことになっているから、妻の役を演じろ」

そして実家に帰ると両親、アメフト狂いの母親と、無神経そうな父親が出迎える。ビリーは戦々恐々、妻を紹介するが、両親は意外と無関心。

親ってのはそんなものである。子どもを愛しているのだろうけれども、どこまで行っても自分の視点からしか子どもを理解しようとしない。

母親はテレビのアメフト中継、ファンであるバッファローの試合に夢中になっている。結局バッファローが負け、母はビリーに怒鳴りつける。

「66年のあのとき産気づいて私は病院に行ったから、バッファローの優勝の瞬間を見逃したのよ! あんたなんか生まれなきゃよかったのに!」

非常にうまい設定。深刻になりがちなテーマをここまで面白くする。

途中、なりゆきでビリーとレイラが同じホテルに泊まるシーンがある。

しかしビリーは何もしない。レイラが同じベッドで寝ようと言っても、ビリーはベッドの端っこで落ちそうになりながら固まっているだけ。

いっしょに風呂に入るが、やはり何もしない。風呂の中で固まっている。レイラは、そんなビリーを興味津々、不思議そうに見つめる。

設定ではビリーは66年生まれ、98年公開映画だから32歳か? 童貞なんだろうか。少なくとも、あまりいい恋愛はしてなさそうだ。女の愛を欲しているが、どことなくビビッてしまうあたり、これも男の僕は共感できる。

この映画、女性の観点で見たらどう感じるのかわからないが、男の視点から見ると非常に痛いところを突かれる映画である。自分にも身におぼえがある、カッコ悪くて目を覆いたくなるようなシーン満載。男のへんなプライドと見栄と、ちょっとしたことでもオオゴトにとらえてしまう弱さと、心の中でこねくり回している変な理屈を、すべてオープンにしてしまった、哀愁漂う映画。

しかしクリスティーナ・リッチのムチムチした身体、たまりません。

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2009年01月25日

パキシル・トレドミン考

パキシルは本当によく効く薬である。

僕の場合、最初は1日10mgから始まった。その後徐々に増量し、一時は1日50mgにまでなった。

パキシルの正式な添付文書によると、うつ病の場合1日MAX40mgまでとある。50mgは飲みすぎではないかと思うが、医者の判断だからそれでよしとしよう。

パキシルは正式名称パロキセチンと言い、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の一種である。むずかしい話は抜きにして、ここにあるFLASHをみてもらうのが一番わかりやすい。

《SSRI作用のしくみ》

ごていねいにも、発売元グラクソ・スミスクライン社が作った動画である。

うつ病は、脳神経間を流れる伝達物質セロトニンの減少が原因であるとされている。セロトニンの流れが悪くなることによってうつ病が起こる(とされている)。

脳神経には、伝達物質の「出口」「入口」の他に「再取り込み口」がある。言ってみれば返品窓口のようなものである。

パキシルが何をするかというと、この再取り込み口に栓をする。結果、いったん放出したセロトニンは返品不可となり、強引に出荷先の神経が受け取らざるをえない状況にしてしまう。こうしてセロトニンの流れをよくするのだ。

・・・・・・というのが、僕がいろんなところで調べて理解した話。

前提として僕の場合について話すが(薬の効き方には個人差があります)、飲んですぐは「効いてる!」という実感はない。

だが1ヶ月2ヶ月、飲み続けているうちに、自分の中で何かが明らかに変わっていることに気づく。

不安を感じなくなる。正確に言うと、不安を不安と感じなくなる。

不安要因が心の中に眠っているのは感じる。だがたとえるならば、パキシルはそれにフタをして、見えないようにしてしまう。あるいは、不安はあるのに、それが自分から遠ざけられて手が届かなくなる。そんな感じである。

非常に強引な力で不安から目をそらさせてしまう。これがパキシルのすごいところでもあり、恐ろしいところでもある。

そしてパキシルは同時に、自分の中から「欲」も消してしまう。

まず性欲がなくなる。これは非常に爽快なことである。なぜなら、健全な男という生き物は、多かれ少なかれ、常に「女」が頭にあるから。かなり極端な言い方だが、頭の中は女のことだらけ、いつもモンモンとしている(僕だけか)? これが無くなるのだから非常に穏やかな気持ちとなる。悟りの境地に近い。

何かにつけて、やる気もなくなる。しかし無気力ともちがう。仕事にしろ何にしろ、普通に参加することはできる。しかし「さあやるぞ!」と意欲的に参加しているわけではない。なんだか機械的に、言われるままにやっている感じ

僕の結論を言うと、パキシルは「非常によく効く」薬ではあるが「できれば飲みたくない」薬である。

思うに、人間にとって「不安(不満)」と「やる気」はセットになっているのではないか。コインのうらおもてのように。

不安を感じるからそれを解決しよう、そこから脱しようとする。不満や欲があるから、それを満たそうとする。

安直な例だが、「女にモテない」→「もっと女の子から注目されたい」→「仕事がバリバリできる男になってやる」→「さあがんばるぞ!」というふうに。

不安というのは、肥大すればうつ病になってしまうが、人間にとってほどほどに必要な感情のひとつなのかもしれない。

パキシルは自分の不安をはるか遠いところまで遠ざけてくれる代わりに、生きる意欲まで奪ってしまうような気がする。

実際、近年になっていろいろ問題が取りざたされている。

ひとつは、小児・青年の場合、パキシルを服用することによって自殺のリスクが返って高まるという報告だ。

《厚生労働省サイト(PDF)》

これは先述の、「不安と同時に欲もなくなる」が関係しているのかもしれない。

もうひとつの問題は、離脱症状(禁断症状)が強くて、非常にやめにくい薬だということ。

《医薬品医療機器総合機構サイト:「塩酸パロキセチン水和物」の項を参照》

僕の経験だが、通院していた病院が突然休診になってしまい(以前の記事を参照)、パキシルを5日ほど切らしたことがある。

変化は翌日から現れた。

まず、手足がしびれてくる。そのうち、しびれは全身に回る。継続的なしびれではなく、何かをした拍子に、電気ショックのような激しいしびれが全身を「ビリビリビリッ」と貫く。頻度はだんだん増していき、10秒に1度とかこの「ビリビリ」に襲われるのでたまったもんじゃない。

そしてなんだか頭が締めつけられるような感覚に襲われる。頭痛ではないが、まるで孫悟空の輪っかを頭にはめられたような気分。そのうち、ジャンボ機に乗ったときのような、奇妙な耳鳴りがしてくる(この2大症状を俗に「シャンビリ」と言う)。

離脱症状は精神面にも現れる。強烈な不安、突然号泣したりとたいへんである。

ついには、しびれと不安が強いあまりに、歩くことすらままならなくなって、タクシーで救急病院まで行ってパキシルをもらうハメになった

その後病院を代わり、医者の判断もあってパキシルをやめることにした

50mgから20mgへはけっこうすんなり減らせた。そこからが大変だった。「牛歩」のようである。10mgにしたらひどい離脱症状が出たので15mgにしてもらい。次は10mgを半分に割ってもらって、ちょっとずつちょっとずつ、最後は半分の5mgを1日おきに飲み・・・・・・というふうにして、3、4ヶ月かけてようやくやめることができた。

パキシルの暗黒面は、アメリカでは社会問題として大きく取り上げられているようだ。グラクソ・スミスクライン社がこうした悪影響を事前に知っていたにも関わらず、薬を売り続けていた、というニュース。


僕はパキシルは完全にやめた。現在はトレドミン(SNRI:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)を飲んでいる。セロトニンのみならず、「やる気」を起こさせるノルアドレナリンの神経流通も促す薬だ。

正直なところ、あまり効いている気がしない。不安はおさまらない。「不安」はあえて限界ギリギリのところでわざと残されているようにも感じる。

しかし何度も言っているが、「不安」と「意欲」とが表裏一体なのだとしたら。これは自分で乗り越えざるを得ないということなのだろうか。

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2009年01月21日

睡眠薬考(後編)

睡眠薬考・前編のつづき

精神科で初めて向精神薬をもらったときは正直うれしかった。それも、処方される量が多ければ多いほどうれしかった

なぜなら薬の量が、僕のつらさや苦しさを定量化してくれているような気がしたからである。

他の病気なら、外からみてある程度察してくれるが、こころの病はなかなかそうはいかない。僕のこころの中がどうなっているか、誰も察してくれない。「つらい」「苦しい」なんて口に出したところで、単なる意気地のないやつと思われるのがオチである。

しかし向精神薬をもらえば、「僕はやっぱり病気なのだ」とあらためて自覚することができるし、必要とあらば薬の山をジャラジャラと人前にぶちまけて自分の苦しみを主張することもできる。

最近はさすがにそう思うことはなくなったが。悪く言えば一種のステータス

睡眠薬の話に戻ろう。

ある日、通院しているクリニックから電話があった。

「先生が急病なのでしばらく休診します」

いつ再開するかもわからないという。無責任な話である。

僕は緊急に新しい通院先を探さなければならなくなった。しかし行った病院で、開口一番、先生にケチョンケチョンに言われた。

「あなた、これは飲みすぎですよ!」

僕は前の医者に言われるとおりに服用してきただけなので、ガクゼンとした。

「特にこのラボナ! ラボナを出すなんて信じられない! これは現在は麻酔とかにしか使わない薬なんですよ!」

あとで調べてわかったことだが、ラボナはバルビツール系というかなり古い部類の睡眠薬である。古いということはそれだけ問題もあるということで。睡眠を促すと同時に、心臓や他の器官も弱めてしまう。

つまり致死量が低い。ものの本によると、ラボナわずか20錠で自殺したケースもあるらしい。それを僕は毎日2錠飲んでいたわけである。芥川龍之介も同じバルビツール系睡眠薬で自殺したし、太宰治もこれで何度も自殺未遂をした。

(注:念のために書いておくが、ラボナ20錠で自殺、というのは稀なケースのようである。いろいろ調べたところ、実際は数百錠飲んでも死ねないケースが多い。代わりに、ラボナには筋肉を溶かす作用があるので、自殺に失敗して重い障害を背負いながら生きなければならなくなることもある。念のため)。

「とにかく、薬物中毒の方はウチでは診ることはできません!」

こうして僕は剣もホロロに追い出された。理不尽な話である。しかしこれで、僕が薬物中毒状態になっていることをようやく知った。

友達の紹介で、新しく通院できるクリニックをなんとか見つけることができた。診察の結果、病名がうつ病から双極性障害(躁うつ病)に変更になった。

処方された睡眠薬は以下のとおりである。

ユーロジン 2mg×1錠
コントミン 25mg×1錠

ユーロジンは中期型。比較的副作用が少なく、安全性の高い睡眠薬らしい。

コントミンは睡眠薬ではなく、メジャートランキライザーである。統合失調症の治療などにも使われる。なぜコレを出されたのかは不明だが、躁病の症状にも効くらしいから、そのためだろうか。

(ちなみに、これもまねをしないでほしいが、コントミンと酒をいっしょに飲むとたいへんである。朦朧状態、立っているのもたいへんな状態となる)。

しかしこれまで強い薬ばかり飲んでいた僕には、コレは効かなかった。

「先生眠れません」

すると先生、静かな口調で、

「うん、そういうときはね、軽い運動をすれば寝つきがよくなることがありますよ」

拍子抜けである。前の医者とは正反対、あまり薬を出したがらない。でも僕の場合、そのくらい慎重に処方してくれたほうがよいようだ。

しばらくして、眠れない時用の頓服としてコレを処方された。

レンドルミン 0.25mg×1錠

先生いわく、「世界で一番安全な睡眠薬」だそうである。

例年のことであるが、秋から冬にかけてうつ傾向がひどくなった。レンドルミンをやめてコレが追加された。

エバミール 1mg×1錠

短期型。これも比較的安全な睡眠薬だそうである。

現在はこの3種、ユーロジン、コントミン、エバミールで落ち着いている。いまではすっかり朝型人間になった。躁うつ病が改善したかどうかはまた別の話だが。

いまとなっては、ハルシオンにラボナにロヒプノール、あんな強烈な薬は怖くて飲む気にはなれない。

ずっと弱い薬をずっと少ない量で、睡眠が改善されたことは興味深いことである。これはあくまでも僕のケースなので、他の人にあてはまるかどうかはなんとも言えないが。

最近は、本当に子どものときぶりくらいに、朝食をとる習慣がついた。

posted by にあごのすけ at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

睡眠薬考(前編)

僕が睡眠薬(睡眠導入剤)を服用し始めたのは3年ほど前である。

精神科に行ってうつ病と診断され(自分に昔からうつの傾向があるのは自覚していたのでさして驚かなかった)、抗不安薬、抗うつ剤といっしょに睡眠薬を処方された。

別に眠れなかったわけではない。いつもバタンキュウと深い眠りに落ち、寝覚めは悪かった。問題は眠る時間帯にあった。

午前4時くらいまで眠たくならないのである。午後10時台に眠たくなることはあったが、午前12時になると目がさめてしまう。昔、0時〜8時の深夜のコンビニでバイトしていた影響があるのかもれない。しかしウチはもともとそういう家系で、母も祖父も午前4時まで起きているのが常だった。

それはよくない、朝方の生活パターンに切り替えましょう、ということで処方されたのがコレ。

ハルラック 0.25mg×2錠

悪名高い?ハルシオンのジェネリックである。精神科に通うようになって知ったのだが、睡眠薬はその作用速度や期間によって何種類かに分類できる。

超短期型。短期型。中期型。長期型。

ハルラック(ハルシオン)は超短期型である。説明書には、「身の回りのことを済ませてから服用しましょう」とある。つまりそれだけ効き目が速い。5分とたたないうちにめまいがしてくる。眠くなるというよりは、風邪で高熱を出したときの朦朧状態と似ている。

しかし慣れというのは恐ろしい。耐性がついたのか。飲んでも眠れなくなる。超短期型のせいか、2時間もたてば元通り、目がパッチリ。もし眠れたとしても悪夢を見て目がさめることが多くなった。

「悪夢で目がさめるんです」

するとコレが追加された。

ラボナ 50mg×2錠

いちおう中期型に分類されているようだが。後述するが、果たしてラボナを睡眠薬と呼んでいいものか。

これは真似しないでほしいのだが(僕だって意図的にやったわけではないのだが)、ラボナを飲んで30分ほど起きていると、効果がドッと現れて急に気分が楽になる。もう怖いものなしである。朦朧状態であることに変わりはないが。

しかし、ハルラックとラボナを飲んで、悪夢は見なくなったが、やっぱり3時間ほどで目がさめてしまうのである。もしも朝まで眠れたとしても、目がさめたら全裸になっていたとか、奇妙なことがたびたび起こった。

「先生、どうしても長時間眠れません」

すると今度はコレが追加された。

ビビットエース 1mg×2錠

ロヒプノールのジェネリック。中期型。これでようやく、朝まで眠れるようになった。

しかしこの薬、とんでもないシロモノだった。

記憶が飛ぶ。僕自身は、薬を飲んですぐに眠ったと思っている。しかし人に聞くとそんなことはない、この薬を飲んでしばらくして急に晴れやかな表情になり、数時間にわたって流暢にしゃべりまくると言うのである。言われてみればそんな「夢」を見たような気もするが、ほとんどおぼえていない。いわゆる薬物性健忘

周囲に迷惑なことこのうえない。さらにこの朦朧状態が翌朝から昼まで続く。夢と現実の世界を行ったり来たり。くわしい症状は以前の記事を参照。

「先生! いつまでたっても眠気がとれないんです!」

そして今度は逆に、目がさめるというベタナミンなる薬をもらった。2年前にうつ病適用外となったリタリンと似たような薬である。ようするに合法覚せい剤である。

賢い人はこのあたりで気づくべし(僕は気づけなかった)。

単に「朝方の生活パターンに変える」ために薬を飲み始めたのが、薬の副作用を抑えるために別の薬を追加し、さらにそれを抑えるために・・・・・・そして気づけばすっかり薬漬けになっている

素人なのでなんとも言えないが、薬をよく出す医者と、あまり出したがらない医者がいるのはたしかである。そして薬をある程度多く飲まなければならない病状があるのも確かだろう。でも僕はどう考えても飲みすぎだったような気がする。



posted by にあごのすけ at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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